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日本唯一のラウェイ現地王者、金子大輝の挑戦。『ミャンマーの英雄が目指すRIZINへの道』

2017/12/23 14:24

撮影: 長尾迪

ミャンマーで最も有名な日本人である金子大輝だが、母国である日本では全く知られていない。金子は日本人唯一のプロラウェイ選手として本場ミャンマーで活躍を続けており、ミャンマーの英雄ともいえる地位を築いた金子の見据える先はRIZINだという。

ミャンマーラウェイという競技をご存知だろうか。ラウェイとは『地上で最も過激な格闘技』と称され、キックボクシングと似た立ち技格闘技でありながら、グローブを着用せずに拳にはバンテージだけが巻かれ、肘打ち、頭突きも許されるなど制約が非常に少ないルールを採用している。

さらに判定がなく、KO勝ちかKO負け、あるいはドロー決着のみというのもラウェイらしさである。

そんなラウェイがここのところ注目されている要因としては、大晦日RIZINのキックボクシングトーナメントで那須川天心に挑戦する浜本"キャット"雄大が日本人初のラウェイ王者だということだろう。しかし同時に日本にはもう一人のラウェイ王者がいることはあまり知られていない。

それは金子大輝という若干23才の若武者だ。金子は12月10日に本場ミャンマーで行われたタイトルマッチに勝利したことで、現在唯一の現地で王座を獲得した日本人となった。

またそれ以上に驚くべきこととして、金子はミャンマーでは非常に高い知名度を誇り、町中を歩いていても「金子だ」と声をかけられることがしばしばあるという。地上で最も過激な競技であるラウェイの本場に乗り込み、現地のファイターからKOを重ねる金子は、ミャンマーで最も有名な日本人といっても過言ではない。

(現地ミャンマーでの勝利後に喜びを露わにする金子。撮影: 北角裕樹)

金子大輝からの売り込みで始まった

さてこの記事についてだが、金子大輝本人からラウェイを紹介してくれないかということで始まっている。ミャンマーでは国技として親しまれるラウェイだが、日本ではほとんど報道される機会がないことが理由だという。

金子のFacebookページには1万近くの『いいね』が集まっているが、その大半はミャンマーのユーザーによるもので、日本からの反響は身内以上に広がることがないとのことだ。

(金子大輝のFacebookページにはミャンマー人からのいいねが日々殺到しているという)

にわかに信じがたいかもしれないが、金子はミャンマーでは世間的に知られた有名人であるという。

ミャンマーの国技であるラウェイは、現地の国営テレビで放送されるなど、日本で言う大相撲のような注目を集めており、外国人選手ながら現地のミャンマー人をKOする金子の戦いぶりに現地のファンに魅了され、今では外国人の筆頭選手として扱われるようになっている。

スーパーで買物に出かけると「金子だ」と声をかけられたり、帰りの空港では「上司がファンだから良い席に座らせてほしい」と言われてサービスされることもあるとのことだ。

日本人で数少ないプロラウェイ選手

ラウェイは現在、日本でも定期的に開催されており、現地選手と日本人選手との対抗戦形式で行われている。日本から出場する選手はキックボクサーやムエタイ選手が多く、ラウェイの専属選手というのは金子を除いて存在しない。

それもそのはずで、日本にはラウェイを専門とするジムがなく、必然的にルールの近いキックボクサーがラウェイの試合の時のみ挑戦するという形式が多くなるためだ。そんな中、金子は日本人で数えるほどしかいないラウェイのプロ選手として活躍しており、また現地ミャンマーの名門ジム『Thut Ti Lethwei Club』に住み込みで練習を続けている。

(撮影: 北角裕樹)

金子の経歴でユニークといえるのは、ラウェイの選手といえば立ち技格闘技出身かと思われがちだが、もともとの格闘技のバックボーンは総合格闘技(MMA)にあるところだ。

強さへの飽くなき憧れからMMAを始め、アマチュア修斗でキャリアを積み、GRACHANやGRANDSLAM、VALE TUDO JAPANといったプロMMAイベントにも出場している。

しかし幼少期から取り組んでいた体操時代から抱えていた肩の古傷により、グラップリングを満足にこなすことができず、手術を経て打撃に専念するようになった。転機となったのは中国に遠征してキックボクシングの試合を行った時のことだった。

初めての海外遠征、さらに手術後の試合だったが、ここで金子は三日月蹴りで二度のダウンを奪う試合を演じた。アウェーということもあって判定はドローに終わったが、敵地に乗り込んでの試合にこれまでにない充実感を感じたという。

これが現在、本場ミャンマーで試合を続けるようになった要因の一つではあるが、実はラウェイを始めるキッカケとなったのはそれとは全く別の理由があってのことだった。

RIZINの舞台に立ちたい

金子が初めてラウェイの試合を行ったのは2016年2月14日のことだ。そこから遡ること1ヶ月半前、日本の新たなメジャーMMA団体であるRIZINが旗揚げされ、第1回の興行が行われた。

(2015年のRIZINにはエメリヤーエンコ・ヒョードルが出場するなど新たなメジャー団体の誕生に格闘技界が湧いた。クレジット:MIYAKO Tohdaiji Fedor Emelianenko_151231 / CC BY-SA 2.0)

RIZINといえばさいたまスーパーアリーナを拠点としているが、そこは金子の地元とはほど近く、旗揚げ戦を現地で観戦した時に衝撃を受けたという。観戦した金子には「RIZINに出たい」という強いモチベーションが沸々と湧き上がった。

しかし肩の怪我もありMMAの試合をコンスタントにこなせない中、何とかして出場するルートはないかということで始めたのがラウェイだった。

立ち技の試合しかできない状態でありながらRIZINに出場するには「世界一過激なルールであるラウェイで試合をして王者になるのが手っ取り早い」とのことで、RIZINが行われた1ヶ月半後にラウェイの試合に初出場した。

そこから金子はキックボクシングの試合も、MMAの試合も行わずにただラウェイの試合のみをこなしている。やがて本場のミャンマーに乗り込み、そして現地のジムに住み込んで練習を続けるようになる。

現地の選手からKOの山を築く

金子のラウェイの戦績は8戦4勝4敗。一見すると地味な数字にも見えるかもしれないが、ラウェイはKOしなければ勝利することができず、外国人選手がミャンマー人選手をKOするのは至難であり、その中で4KOを築いたことが現地から高く評価されているという。

ラウェイでのKO勝利はキックボクシングとは異なり、10カウントを聞かせる以外にも、試合を通じて4度のダウンを重ねることでKOとなる。しかし一つ特別なルールがあり、ダウンを喫してもセコンドの判断で2分間の休憩が与えられる『スペシャルレスト』を行使することができる。

ラウェイのルールに慣れているミャンマーの選手は仮に劣勢となっても、逃げ延びて何とかドローに持ち込んだり、スペシャルレストを行使しつつ4度目のダウンを奪われないように試合を乗り切るための経験を多く積んでいる。

実際に試合結果を見ても日本人選手がKO勝利を上げることは少なく、その中で金子は一つのドローも残さず、4つのKO勝利を上げていることは驚異的な戦績とも言える。

金子の人気に火が付いたのは、2016年12月にミャンマーで行われた大会で、かつて無差別級で伝説を築いた選手の息子であるルワンチャイと対戦した試合だ。ルワンチャイもまた地元のスター選手であり、ラウェイの戦績はなんと18戦無敗。

ラウェイの本場であるカレン州において、伝説を継ぐルワンチャイと対戦した金子は左フックでダウンを奪う。相手陣営はスペシャルレストを行使したが、試合続行不可能と判断され、金子がKO勝利を収めた。

(撮影: Zin Lin Htunn)

ここまででも凄いことだが、さらに凄いのは地元の英雄を倒したにも関わらず、観客は外国人の金子を賞賛し、試合が終わった後には金子の周りに人だかりができたことかもしれない。本来なら大ブーイングを受けてもおかしくない場面だったが、この試合で金子はミャンマー人の心を掴むことに成功した。

そして金子は今年12月にも偉業を成し遂げた。2017年12月10日に行われた『KBZ航空ゴールデンベルトチャンピオンシップ』にて、金子は前年度の王者とタイトルマッチを行っている。

この試合で金子は1Rから激しく相手を攻め立て、左ストレートを相手の顔面に叩き込んでダウンを奪う。これにより対戦相手は2分間の休憩となるスペシャルレストを行使した。

再開後も金子の攻勢は変わらず、強烈な左ストレートを相手のレバーに叩き込むと、相手は悶絶しながらたまらずダウン。1RKO勝利で現地王者に輝いている。

(撮影: LethweiWorldChampionShip)

この偉業は当然のことながら現地の新聞でも報じられており、試合の模様もテレビで放映されている。これまでもKO勝利を築いてきた金子だったが、初のタイトル獲得には感極まり涙が止まらなかったという。

今後は現地でラウェイの試合を行いつつ、RIZINを目指す

もともとはRIZINに出場したいとの動機からラウェイを始めた金子だったが、現在はラウェイの文化に魅了されている。

ラウェイは1000年以上にも渡る長い歴史があり、タイのムエタイ、日本の大相撲のような文化的な側面が大きい。試合前には踊りを披露し、勝利した後には対戦相手を介抱するといったところもムエタイや大相撲に近いところがある。

ミャンマーはまだまだ経済的に発展途上であり、日本と比べれば近代化が進んではないが、外国人である金子に対しても明るく接してくれる国民性もまた現地で戦い続ける理由となっている。

王座を獲得した金子だが、今後も現地のミャンマーで戦い続けるプランと共に、MMAファイターとしてRIZINへの出場も依然として目標に掲げている。

「どうにかして来年(2018年)のRIZINに出たい。でもテレビ的には実力以外の要素が必要なことも分かっています。」

「グローブを付けないで、頭突きが許される世界一過激な競技でミャンマーのベルトを持っている。これは自分の大きなアピールポイントになると思っています。」

ラウェイを経由してRIZINに挑戦する。これは一見遠回りのようにも見えるが、金子はまだ若干23才である。日本人が誰も歩んでこなかった、道なき道をハイスピードで駆け抜ける金子がRIZINの舞台に登場する日がいずれ訪れるのかもしれない。

金子大輝プロフィール

(撮影: Zin Lin Htunn)

本名: 金子 大輝
生年月日: 1994年3月28日(23才)
身長・体重: 168センチ・67キロ

幼少期から体操競技に取り組んでいたが、強さへの憧れから総合格闘技を始める。

GRANDSLAM、VALE TUDO JAPANといったプロ団体にも出場するなど、MMAファイターとしてキャリアを積んだが、体操時代からの古傷により手術を行い、術後には中国でキックボクシングの試合を行った。

2015年末にRIZINが旗揚げされると、『地上で最も過激な競技』とされるラウェイで王者になることを通じてRIZINへの出場を目指すことを決め、ラウェイの試合のみを専属で行う日本で唯一の選手となる。

やがて本場ミャンマーに渡り、現地で印象的なKO勝利を重ねたことで、金子はミャンマーで絶大な人気を誇るようになる。そして2017年12月にはタイトルマッチに勝利したことで、日本人として異例の現地ラウェイ王者に輝いた。

ラウェイで大きな成功を収め、ミャンマーで最も有名な日本人となった金子だが、目標は変わらずRIZINへの出場だ。ラウェイを通じて日本のメジャー舞台に立つことを目指している。

クイール編集部 ◯文 text by Queel
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この記事へのコメント()

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黒猫
2017/12/23 16:05

KNOCK OUTのスーパーライト級トーナメントに売り込んでみたらどうですかね?

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とるねこ
2018/01/13 16:52

2月のラウェイ日本大会には出ないのかな?

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