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12.27 K-1日本人頂上決戦。日菜太インタビュー「廣野をKOで倒してK-1タイトル挑戦へ」

2017/12/23 13:43

2017年K-1最後の試合となる日菜太と廣野祐の試合は、来年3月のタイトル挑戦権をかけた戦いになる。今年K-1に電撃参戦を果たした日菜太は、トーナメントで苦杯をなめたが廣野を倒して再びチャンスをつかもうとしている。

2014年10月に旗揚げされて以来、成長を続ける新生K-1。

2017年もまた新生K-1にとっては飛躍の年となり、本拠地を代々木第二体育館からさいたまスーパーアリーナに移し、来年3月には過去最大規模となるさいたまスーパーアリーナのメインアリーナでの開催を控えている。

K-1の今年の大会も12月27日の『K-1 WORLD GP 2017 JAPAN ~SURVIVAL WARS 2017~』を残すのみとなった。今年最後の大会となるメインイベントには日菜太と廣野祐による-70kg日本人頂上対決が行われ、この試合の勝者が来年3月のタイトル挑戦権を獲得する。

((C) M-1 Sports Media)

この試合に臨む日菜太(31)は、これまでREBELSを主戦場に戦い、K-1 WORLD MAXの世界王者から連勝を飾るなど、実績を積み上げた末に満を持して今年2月に新生K-1へ参戦した。

K-1 WORLD MAXでは新鋭だった日菜太だが、時が移り新生K-1ではベテランの域に。紆余曲折を経て新生K-1にたどり着いた日菜太だが、今回のタイトル挑戦権をかけた戦いは最後のチャンスと思って臨むという。日菜太がこれまで辿ってきた道のりとともに、廣野戦に向けた心境を尋ねた。

不倒王をKOで下してK-1タイトル挑戦へ

ーーまず日菜太選手は通勤時間が日本一長いキックボクサーと聞いたことがありますが本当でしょうか?

そうですね。間違いないと思います。1年間通しての移動距離も半端じゃないと思いますよ。

ーージムは吉祥寺ですが、日菜太選手はどちらに住んでいるんですか?

ずっと湘南に住んでいます。

ーーえ!それでは片道で1時間以上かかりますよね?

2時間弱くらいですね。

ーー往復で4時間。かなり移動が大変だと思いますが、引っ越しを検討されることはなかったんでしょうか?

湘南で暮らすのは親を一人にはさせておけないからです。自分は23歳の頃からファイトマネーで家族の家計を支えてきましたので。

何故かというと23歳の時に僕の父親が亡くなったんですよ。それがちょうどザンビディス戦の5日前くらいだったかな。確か試合の計量の前日とかに葬式をやりましたね。

当時の会長には「試合をキャンセルしても良いよ」と言われたんですけど、それをキャンセルはしたくなかったんですよ。基本的に不幸とかがあってもそれを周りには言いませんし、黙って出場しました。

ーーその試合はザンビディスに勝利。K-1常連の強豪相手の勝利で金星でしたよね。

勝ったのは凄く嬉しかったです。親父もチケットを買ってくれていましたし。親父にも見てもらいたかったですね。ちゃんとした欧州の強豪選手に勝つのはザンビディスが初めてだったので。

結局K-1 MAXはその次の年に終わってしまったんですけど。それも23歳だからもう8年前ですね。

ーーあの年の日菜太選手は日本人の新星という感じで、将来のエース候補筆頭みたいな感じだったじゃないですか。K-1 MAXが終わってしまったのはどう感じていましたか?

ビックリしましたよね。本当だったら…。自分はK-1 MAXで活躍することを見越して就職活動を辞めましたから。

ちょうど僕が初めてK-1 MAXに出られるかなって時に、僕に勝って先にK-1 MAXに出た選手が日本トーナメントで負けたんですよ。それを見てこれは就職活動なんてしてる場合じゃないなって。

それで大学4年生の時に腹をくくって、親父にも「大学に行かせてもらって申し訳ないけど、自分は就職はしないって」言ってこの道に進んだんですよ。

ーーそんな覚悟もあり、結果も残していたタイミングでK-1 MAXがなくなったのはショックですよね。

でもK-1 MAX が終わってからでもアンディ・サワーとかキシェンコ、ペトロシアンといった世界のトップ選手と戦えるチャンスはあったのでモチベーションが下がることはなかったですね。

ただちょうどその頃は日本の格闘技が底という時期だったんですよ。あの時代は苦しかったですね。

ーーそんな時代を経験しながらも、アルバート・クラウス、アンディ・サワーとかつてのK-1 MAX王者に連勝したじゃないですか。これはどんな気分でしたか?

(日菜太はK-1 WORLD MAX初代王者のアルバート・クラウスをはじめとした歴代の王者から連勝した)

その前のタイミングになるのですが、ジムを現在も所属するクロスポイントに変えて環境に慣れるために苦しんだ一年があったんですよ。日本人相手には勝ってたんですけど外国人選手には負けてしまった。ジムを移籍してスタイルが変わって、当時の俺の強さは一度消えたんですよ。

新しいスタイルを模索していて良さが消えてしまった。そこで悪戦苦闘して、とにかく結果を出せなかったですね。

でもその次の年くらいから徐々に結果が出るようになっていきました。アンディ・サワー戦というのは実は引退をかけた試合だったんです。当時は29歳で、もしサワーに勝てなかったら辞めようと思っていたんですよ。このままダラダラ続けていても仕方ないって。

公務員になるなら20代までがリミットじゃないですか。だから負けたら警察官を目指そうかなと考えていましたね。

ーー日本人対決には10連勝以上していて、国内トップ選手という地位を作り上げていたと思うのですが、それでもモチベーションが続かなかったということでしょうか?

それもありましたね。いくら勝ち続けても世間の人には知られないという状況だったので。それで凄くモチベーションが下がったのがヴァヒド・ロシャニと試合をした時ですね。

相手が体重オーバーをしてきたんですよ。計量前日に70kg契約だったのに72kgに変えて欲しいと話をされて、受けなければ試合がなくなると言われたんです。

「ええ!なんだそれ」って思いながらも72kgで前日計量に向かったら、相手は80.3kgだったんです。それは流石に話が違うって怒ったんですよ。

でも色々とあるから試合を受けて欲しいと言われて、「じゃあ試合当日に75kgで来るんだったらいいですよ」って言ったんですよ。そして自分は試合をする気で会場に行ったら、2オンスのグローブハンデと減点スタートにしますと言われたので、「もうなんでもいいですよ」と答えて。

それで試合をするぞと準備していたら計量を見ていた人から、「相手は今日81kgで計量に来ましたよ」と聞いて。「いや、増えてるじゃん」というやり取りがあったんですよ。

でも会場では「日菜太選手が相手の体重超過を受けて、相手が今朝の計量をクリアした」となってるんですよ。この野郎という気持ちもあったけど試合をやるしかなかった。

試合は完封して勝ったんですけど、あれで自分がもしも負けていたらサワー戦もなかったんですよ。

ーーサワー戦の前にはそんな経緯があったんですね。

そうですね。だから山口代表はサワー戦を組んでくれたと思うんですよ。

でもサワー戦も試合の1週間前に、向こうから「契約体重を1kg以上上げて欲しい」という話がきて。

ーーでも試合はダウンを奪っての会心の試合でしたよね。

サワー戦は本当に人生を懸けて戦って勝てた。だから後はボーナスステージだなと感じました。

サワーに勝って応援してくれる人もより増えたし、僕は自分でスポンサーを集めているんですけど、この試合でスポンサーについてくれる人も凄く増えましたし。

それでサワーに勝ったからRIZINの旗揚げに合わせてTwitterでアピールして参戦が決まったんですよ。

ーーあの試合は1Rがキックで、2RがMMAの変則マッチでしたね。

そうですね。あの試合に向けて3週間くらい本気でMMAの練習をして臨みました。でもMMAが全然駄目なのは分かっていたので1Rに決められて本当に良かったです。

MMAも立ち技のリングと同じで、積み上げてきたものがないと全然通用しないんですよ。だから2Rに入ったら相当厳しいと思っていたので、1Rに試合を決められたのは良かったです。

ーー話は戻りますが、クラウスに勝利した時にはマイクで過去のK-1を自分が背負っているというアピールもありましたね。

どうして俺は70kgのトップの外国人とやって勝っているのに、話題にならないんだって疎外感もあったんですよ。

なんで日菜太はK-1に出ないのと言われることもありましたし、「一番強い相手とやっているのは自分なのに」という自負もあったので。だからその気持ちが出てしまって、「K-1のストーリーは俺が追っている」ということを言いたかったんでしょうね。

ーー国内のトップ選手を倒して、K-1 MAXのレジェンドを倒しても満たされた感覚はなかったんですね。

全くないですよね。サワーに勝っても世間には注目されなかったし、専門雑誌ですら白黒で他のキックの試合よりも扱いが小さかったんですよ。

平日の後楽園でお客さんをほぼ満員にして、それだけの熱があったはずなのにこんな感じになってしまうのかって。強い奴と戦って結果を出しているのに、外には露出されないというのは気持ちが落ちましたね。

ーーそれでK-1参戦につながったんですね。

クラウス戦後に山口代表と話があったんですよね。ムエタイのビッグマッチを目指すという話もしました。でも僕もあと何年やれるか分からなかったし、元はK-1 MAXを目指していたのでムエタイがやりたいわけではなかった。

それで自分は山口さんに俺はムエタイナンバーワンを目指したいんじゃなくて、俺はK-1のナンバーワンを目指していて、ヒジなしルールでの自信があると言いました。そこで自分がヒジありルールのナンバーワンと目指すと言ったら失礼じゃないですか。

ーーそれでK-1に参戦するという流れは凄くサプライズでしたね。

郷野戦がキッカケだったんですよ。1週間くらい前に山口さんに呼び出されて「とりあえず1年はK-1に出てもいいから頑張ってこいよ」と言ってもらえて、自分もそれで決意しましたね。

1年でしっかりとベルトを取って、REBELSに恩返しできるように頑張りますって。

ーーK-1参戦が決まったときの思いは?

素直に嬉しかった思いもあるし、行っていいのかなって思いもありました。ここで俺が結果を出せなかったら申し訳ないなと。これで俺が行って、しょうもない試合をしたら俺がREBELSでやってきたことは何だったのかとなってしまうので。

ーーそして初参戦となった新生K-1では松倉選手と対戦しました。初めてのリングはどんな感触でしたか?

そうですね。どこでやっても差はないかなと思っていたんですが、やっぱり新しい選手が作った舞台だなっていうのは凄く感じましたね。

武尊選手だったり卜部選手だったり、ああった若い選手が必死に戦って雰囲気を作り出してたんだなと、素直に凄いなと思いましたね。

ーー初戦は試合は快勝でしたね

いや、快勝と言っても俺はKOできなかったので。だから見る人が見たら、あいつはまたペチペチ戦っているなと思われたんじゃないですか。しっかりKOしたかった。

まあ、松倉くんも正直に言えば練習したこともある選手だったので嫌な対戦ではあったんです。松倉くんには練習したときに「もっとこうしたほうがいいよ」とアドバイスしたこともあったので。だから記者会見の時にツンツンしてることに、気まずい感じはありましたね。

ーーその勝利で6月にはトーナメントに参戦が決定しました。結果はダウンを奪われての判定負けでしたがどんな感じでした?

素直に自分はもっと戦えると思っていたんですけど、ピケオーが思っていたより強かったです。あとはこのトーナメントに向けて、かつてないほど練習したんですよ。1日12Rくらいはミットをやったし、スパーリングも週に3回以上やったし、ちょっと練習をやりすぎました。

疲れも常に抜けていない感じになってしまって。気持ち的には乗ってたんですけど。でもピケオーは素直に強かったし、今更ですけど俺が飛び膝をもらわずに、延長で自分がローキックを効かせて勝ったとしても、試合が終わった後のダメージが半端なかったんですよ。

腕も凄い痛かったし体のダメージがひどかった。ピケオーも僕と戦って、足とかに凄くダメージがあったと思うんです。それでピケオーもアラゾフにあんな簡単に倒されてしまって。

もし僕が準決勝に進んでいても、ダメージがあったので同じようにはなっていたと思います。

(今年6月にはスーパーウェルター級王座決定トーナメントでピケオーと対戦したが、ダウンを奪われて判定負けを喫した。(C)M-1 Sports Media)

ーーその次の試合はセルジオ・サンチェスに勝利して、K-1では2勝1敗になりました。ピケオー戦も接戦でダウンを奪われなければ五分でしたし、K-1でもポジションを築けてきたんじゃないですか。

まだ全然外敵じゃないですか。K-1の中心は武尊くんだったり、卜部兄弟であったり、あるいは大雅選手とかですよね。俺が中心になるにはベルトを獲るのと、もっと分かりやすい試合をしないと駄目だと感じています。

簡単にバンと倒せるみたいな。でもそれを70kg級でやるのは海外の選手が強いですし、なかなか大変なんですよね。

あと自分のスタイルは削っていくタイプなので、まだ3Rではちょっと足りない部分がある。だからパンチで倒したい部分もあるし、戦い方を少し変えようと練習しています。

ーーベルトという分かりやすいスタイルがテーマということですが、ここで挑戦者決定戦のチャンスが回ってきましたね。当初はトーナメントで優勝した城戸選手が挑戦者の有力候補とされていましたが、階級を下げています。

僕の中では城戸さんとやって、勝ったらアラゾフというストーリーを考えていました。だから想定が変わりましたね。

ーーそれで今回の相手は廣野選手になりました。日菜太選手はこれまで日本人選手には12連勝中なんですよね。そしてその中には廣野選手も入っていて今回は再戦です。前回の試合はどんな感じだったんですか?

(日菜太は12月27日に王者チンギス・アラゾフへの挑戦権をかけて廣野祐と日本人頂上対決に挑む。 クレジット: (C)M-1 Sports Media)

僕が初めて5Rを戦い抜いた相手でしたね。僕はローで攻めて、廣野選手はいつも通りのスタイルできて、判定は2−1でした。判定は際どかったですけど、廣野選手は前に出てくるだけだったので、負けたとは一切思わなかったですね。

手数を出してローを蹴っているのは自分だったで。

ーー日菜太選手の廣野選手はお互いサウスポー同士ですけど、そうすると得意の左ミドルが当たりづらいじゃないですか。そこはどう感じました?

う〜ん。とにかくやり辛さは感じましたね。強い弱いに関わらず誰とやっても同じ展開で接戦になるのが、廣野選手じゃないですか。

ーー今回再戦することに対しての気持ちは?

K-1から提示された相手なのでやるしかないですね。勝たないとアラゾフに辿り着かないですし。

あと今回はKOで勝ちたいですね。俺はK-1でまだKOがないので。倒せることを見せたいという気持ちが強いですね。前回のサンチェス戦もあと30秒あれば倒せたという攻めができたので。今回はしっかりと倒して試合が面白いというところを見せたいですね。

ーーしかし廣野選手は不闘王と言われているようにタフな選手です。

本当に頑丈ですよね。タフで自分の戦い方を貫くから誰とやっても同じような試合になる。なので自分は廣野選手のペースになる前に山場を何回も作って面白い試合にしてKOしたいです。

ーー今回の試合に勝ったら次は3月のK-1ですね。これはさいたまスーパーアリーナのメインアリーナでの開催で、新生K-1としても過去最大の大会です。

廣野選手からしたらチャンスですよね。僕は9月に復帰戦で勝ちましたけど、廣野選手は6月のトーナメントで負けてからの再起戦じゃないですか。そこで僕に勝ったらいきなりメインアリーナでタイトルマッチができるという。それもあるので負けられないですよね。

あと最近はクロスポイントの選手や、REBELSの選手もK-1、Krushに出てるじゃないですか。俺が今回勝ってタイトルマッチでも結果を残したら、よりメジャーになりたい選手の道筋を作れるんじゃないのかと思うんですよ。REBELSには本当に良い選手がたくさんいるので。

それでREBELSに出ている選手たちがK-1で大活躍して、またREBELSでも試合をして良い試合を見せる。僕はキャリアの残りが長くはないので、自分がやれることはやりたいし、REBELSに恩返しもしたいと思っています。

ーーそれには廣野選手との試合に勝利した後に待ち構えるタイトル戦でも負けられないですね。日菜太選手にとってはK-1 MAX時代を含めての初のK-1タイトルを手にするチャンスです。

唯一僕がまだ獲れていないベルトなんですよね。

僕は選手を引退してもキックボクシングで飯を食っていくと決めています。ジム経営をしたりとか、キックボクシングに関わるビジネスをしていきたい。同世代の経営者にも負けずに「俺はキックのビジネスで成功している」と言いたいので。

それもあるのでK-1のベルトが欲しいですよね。世間の人が一番知っているタイトルなので。

ーーですがアラゾフは世界でも最も勢いのあるチャンピオンで、非常に高い壁になります。

そうですね。アラゾフは新世代だし勢いが凄くありますよね。でもその相手に自分がどこまで通用するのかも楽しみです。僕も気がついたら31歳になってしまったので、これが最後のチャンスだと思って頑張りたいです。

(チンギス・アラゾフは世界の70kg戦線の中でも間違いなく最も勢いのある王者だ。(C) M-1 Sports Media)

ーー最後のチャンスというと?

ダラダラやりたくはないですし。僕は19歳からずっと同じ生活を続けてきて、22歳の時にキックボクシング一本でやるって決めてからは練習以外やっていないので。本当に職業キックボクサーで専業でやってきました。3月のタイトルマッチをひとつの集大成にしたいとは考えています。

本当は6月のトーナメントで優勝してチャンピオンになって、3月は王者として防衛戦をしているつもりだったんですけどね、そうはならなかった。

僕は今のK-1にとっては過去の選手だと思うけど、過去のK-1 MAXに出ていた俺が新しい舞台でどこまでやれるかというのも勝負だと思うんですよ。新世代の選手たちは凄い動きをするじゃないですか。そういう時代になったのは凄く嬉しいけど、僕にしか見せられない試合もある。

ーー最後になりますがファンにメッセージをお願いします。

ずっと18歳から続けてきたキックボクシングで最後にK-1のベルトを獲るというストーリーを自分の中では描いています。そこに向かう姿をみんなに応援してもらえたら嬉しいです。

廣野戦もアラゾフへのステップとは考えていなくて、この試合は自分のK-1での存在を示すためにもしっかりと戦いたいと思います。

日菜太プロフィール

リングネーム : 日菜太
生年月日 : 1986年8月26日 (31才)
身長・体重 : 181cm・70kg

サウスポー構えから繰り出す強烈な左ミドルを武器とし、K-1 MAXでは城戸康裕やマイク・サンビディスに勝利するなど、次世代のホープとして活躍した。

その後は欧州のメジャー団体での活躍を経て、REBELSを主戦場に試合をこなし、現在は日本人相手には12連勝を記録するなど日本を代表する70kgファイターとなっている。

そして一昨年にアンディ・サワー、昨年にアルバート・クラウスと、K-1 MAXの歴代王者から連勝するなどの実績を持ち、2017年2月より新生K-1に参戦を果たした。

クイール編集部 ◯文 text by Queel
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この記事へのコメント()

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キックボクシングファン
2017/12/23 14:31

日菜太ってある意味K-1MAXがなくなって最も損をした選手だよな。

色々と言われてるけど、自分は日菜太vs廣野の勝者が挑戦者として相応しいと思う。

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匿名ユーザー
2017/12/23 14:34

日菜太がK-1に参戦するまでにどんな苦労をしてきたかが分かる良いインタビュー。時代に翻弄された選手なのでぜひチャンスを掴んで欲しい。

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ライジングさん
2017/12/24 21:34

時代の流れとキック界のシガラミというジレンマに惑わされ、「世界の壁」に幾度も弾かれ、、、それでも諦めずにここまで再び登りつめてきた選手だよな。。。

日菜太という太陽が沈む最後の日まで見届けようとインタビューを読んでて思いましたm(._.)m

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カルバン
2017/12/25 00:56

なんやかんやで日菜太選手からはK−1に対しての想いを非常に感じます。自分もそうですし、この年代の選手にとってやはりK−1とは特別なものなのだなと。
日菜太VSアラゾフ は是非見たいですが、やはり70キロの次世代スターも育ってきて欲しいです。

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