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ボクサーのセカンドキャリアはどうすれば成功できる? 元日本ランカー、現起業家の山川和風が語る。

2018/01/11 20:27

日本タイトルマッチに2度の挑戦経験を持つ元ボクサーでありながら、現在は実業家として都内でビジネスを展開する山川和風。現役時代に起業し右肩上がりで会社を成長させている山川に、ボクサーのセカンドキャリアの難しさと解決策を探るインタビューを行った。

アスリートのセカンドキャリアというと、一般の人々が思いつくのは戦力外通告されたプロ野球選手が思い浮かぶかもしれない。

激しい競争原理を勝ち残り、毎試合数万人の観客を動員する華やかなプロ野球界にあっても、一軍に残れずに短いキャリアで去っていくプロ野球選手のセカンドキャリアはそう易しいものではない。

メジャースポーツのセカンドキャリアとなればメディアに時折登場することからイメージしやすいかもしれないが、ボクサーは引退後にどのようなセカンドキャリアを送っているのかはほとんど知られていない。

知名度の高い世界王者ならまだしも、輝かしいキャリアを送ることのできなかった選手にとってセカンドキャリアが難しいものであることは想像に難くないだろう。

大半のボクサーがアルバイトで生計を立てながら現役を続けるため、引退後に初めて就職先を探すという状況の中、山川和風は現役生活中にパーソナルトレーナーとして起業という道を選択。現在はトレーナーの育成やヨガクラスを専門として店舗を構えるなど事業を拡大させている。

(山川が経営するヨガ専門スタジオ「ヨガステ」HPより)

日本王座に2度挑戦経験があり、また日本王座挑戦が決まった直後に起業することになったという特異なキャリアを持つ山川に、「ボクサーのセカンドキャリア」をテーマに自身の経験を語ってもらった。

大半の選手はボクシングとは関係のない一般企業に就職する

「ボクサーは引退すると普通に就職する人が多いです。現役選手は飲食店でアルバイトをしていることが多いので、そのまましばらくは飲食店で働きつづけるといったケースが良く見られますね。あとは不動産の営業系が多いかなという印象です。現役時代にアルバイトで生活していた人のセカンドキャリアとしてはサービス業と営業が多いですね。」

「自分で事業を起こす人はあまり見られないのですが、一つのパターンとしては現役時にラーメン屋で働いていて、修行を積んでラーメン店の経営者をしている人は自分の周りに何人かいます。でも一般企業に就職してそこで凄く出世したりだとかは聞いたことがないですね。」

「他には現役中に飲食店のスポンサーを受けていて、そこで働いている選手も知っています。給料が少し高いのか、試合前に勤務を減らしてお金を支援してもらえるとかもあると思うんですけど、基本的にはそこに働きながら試合をして、引退後もそのまま勤務を続けるという場合もあります。ただそういうスポンサーは本当に一握りですね。仕組みとしてそういう環境が整備されている訳ではないので。

僕は東洋と日本でランキングに入っていたんですけど、そのレベルの選手で生活できるほどのスポンサーを受けている選手はほとんどいないです。よほどアマチュア実績があって鳴り物入りでプロに転向したとかなら別かもしれませんが、僕なんかは全く受けたことがないです。」

山川は2003年にプロデビューし、2012年に現役を引退。キャリアは11勝7敗1分と、決して試合数が多い方ではないが、日本タイトルに2度挑戦するなどトップレベルの舞台も経験している。それでもやはりスポンサーから支援を受けるほどのキャリアとは言えないという。

比較的自由にジムを設立できるキックボクシングやMMAのような新興格闘技と違い、ボクシングの場合はジムの設立も一元的に管理されており、誰もが指導者への道を歩む機会を得られるわけではない。

「ボクシングで引退後に指導者になる人は凄く少ないと思います。他の格闘技と違いボクシングはここのエリアにはいくつまでしか出せないという決まりがあるんですよ。エリアが重ならないように。」

「そして選手を育ててプロの試合に出そうと思ったら、設備内装費とは別にプロ加盟料だけで1000万円かかる。日本王者や東洋王者とかならそれが安くなって、世界王者ならより安くなるといったシステムがあります。だからボクシングの場合は簡単にジムを出せないという理由もあるんですよね。」

指導者として引退後もボクシングで生計を立てていける者もやはり一握りだ。

ボクサーは漠然とセカンドキャリアに不安を抱えている

ボクシングはキックボクシングやMMAと異なり、プロ競技の統治機構がJBCに一元化されており、日本のプロボクサーは一つの競争原理に晒されるため、トップに上がるまでには激しい競争を強いられることになる。

一概に善し悪しを断定するものではないが、キックボクシングでは勝率が5割の日本王者経験者は珍しくないが、ボクシングの場合はまず見かけることはない。実際に世界戦でテレビに出てくるようなボクサーのほとんどは無敗や1敗程度のキャリアを送っている。

「凄く才能がある選手だなと思っても、1敗するだけで現役を引退してしまう選手も凄く多い。ボクシングって頭部へ打撃が集まる分、ダメージの影響も考えると格闘技の中でも試合数が少なくなるので、1敗の重さが凄く大きいんですよ。"1敗したら終わり"みたいな風潮があり、負けるとチャンスを失って、それで辞めてしまうことが多い。」

「人によるとは思うんですけど、みんな何となくセカンドキャリアを不安に思っているはずです。現役生活が終わったらどうするんだろうと。そうなったらそこで就職しなければいけないんですが、日本は新卒でなければダメという新卒神話があって、企業にエントリーすることすらできないわけですよ。

ボクシングから離れて社会がそういう仕組みになっている中、ボクサーとしてキャリアを積んで、25才くらいでチャンピオンを目指そうにも、なかなかチャンスが巡って来ないとします。そんな中、1敗したらチャンスを失くしてしまう可能性もあるし、そこから就職しようにもエントリーのときから新卒ではないのでチャンスは少ない。」

アマチュアで高い実績を残した選手が、瞬く間に王者への道を歩んでいくこともあるが、実際にはそれは一握りで、大半のボクサーはC級ライセンスから地道にキャリアを積んで、B級、A級、日本ランク入りとステップを踏んでいくことになる。

その過程で1敗でも喫してしまうとチャンスが遠のき、そして年齢を重ねるほど就職が難しくなるという状況に置かされている。

新卒ではないからこそ起業という選択肢を

しかし山川はボクサーは新卒ではないからこそ起業という選択肢を取ることも検討するべきだと言う。

「それではセカンドキャリアをどうするのか。僕が良く言うのは"起業という道がある"ことを知っておいたほうが良いんじゃないかということなんです。起業というのは、新卒神話だとかそういう不利を一切覆すことができるからです。」

「僕は26才の時に起業しました。そのとき僕はもちろん新卒ではないのですが、でもそれを関係ない状態にしたわけじゃないですか。ある意味小さいコミニティーの中でトップとしてやっているわけで、そこで収益を上げていくかどうかは実力次第。経営の手腕次第で食っていくこともできる。だからセカンドキャリアで起業をするという考え方も大事かなと思う。」

ちなみに現役時代に起業という選択をした人物はいるのかと尋ねたところ「現役中にゼロから起業して活動したのは、僕が初めてじゃないかなっていうくらい」とのこと。ところで起業した時には、なんと日本王者に挑戦する重要な試合を控えたタイミングだったという。

「僕はもともとマンションの一室で事業を立ち上げてるんですよ。お客さんにはバレないようにはしていたんですけど、そこで1年間住み込みでやっていましたね。」

「それは26歳の頃なんですけど、ちょうど日本タイトルマッチが決まったときに、僕がパーソナルトレーナー活動をメインでやっていた会社から『今後トレーナーはフリー契約をなくして社員だけにする』と言われて、社員になるか別でやるかという話しになったんですよ。どうしようかと思った上に、ボクシングキャリア集大成ともいえる日本タイトルマッチを控えていたので『そのタイミングでそれ言うか』と思っちゃたりしたんですけど(笑)、結局他の場所でやろうと思ったんですよね。

でも僕がパーソナルトレーニングで見ていたお客さんが、『独立するんだったらついていくよ』と言ってくれて。会社都合の急な方針転換ということで会社もそれを許容してくれたので。ぶっちゃけ、いくらくらいの収益になるか計算して、これならいけるかなと思って、独立したんですよね(笑)。タイトル挑戦も決まっていたので、ファイトマネーやチケット収益がこれくらいと分かってたので、それもコミで立ち上げたという感じなんですよ。」

「周りに起業家の人が多かった影響もあって、その頃にはボクサーを引退したら起業したいと思い初めてたんですよね。でもそのタイミングが凄く早くきてしまったというか。ファイトマネーを入れたお金で始めたから、僕は『殴ったお金で起業した』とよく言っていますけど。始まりはほんとそんな感じです(笑)」

「まずはマンションの一室に何も置かずにやって、1ヶ月後くらいに後輩を入れて、お店の名前をつけてやり始めたという形ですね。それから徐々に収益が上がったのでベンチ買ったりバーベルを用意したり。ファイトマネーと元々の貯蓄で持たせながら、スタジオを作っていきました。」

ただし日本タイトルマッチが決まっていた中で、住み込みで事業を始めるのはやはり相当な気苦労もあったようだ。

「色々ありましたね、試合もやっていたので。その時は朝7時から23時まで営業していたんですけど、その間にはスタッフもいるわけじゃないですか。朝7時に起きてすぐに仕事を始めて、仕事が終わるのが23時。」

「その間にジムに行ったり、減量中もそこで仕事しているわけですけど、仕事が終わったあとにスタッフが『山川さん、飯食ってていいですか?』みたいな。いやいや23時だし寝かせてくれよ、みたいな。減量中なのにそこで食うのかあ、と思ったりもしましたね(笑)。」

そんな苦労もあったが、創業から8年目になる今年まで売上は右肩上がりで増え続けているという。

「もうすぐ8年になるんですけど、ずっと右肩上がりではあります。もちろん大変な時期もあって、3期目・4期目あたりは新しい投資をした一方で既存事業の収益が下がったりしたこともあったんですけど、売上的には右肩上がりにはきています。今は5店舗にまでなりました。」

労働集約モデルから抜け出せる努力を

26才の頃に実業家としての道を歩んだ山川だったが、やはりアルバイトで生計を立てるボクサーが生活のサイクルを変えるのは容易ではない現実がある。

「アルバイトと練習だけの生活を繰り返しているだけだと、時間がないんですよ。僕ももともと時給750円くらいでのフィットネスと豆腐の引き売りの掛け持ちでアルバイトを週6日やっていたんです。それで早朝走って、日中はアルバイトをして、夜はジムに行って、帰ったら洗濯とか身の回りのことをしたら、もう次の日の朝。そんな感じなので余裕はないんですよ。」

「そうやって毎日が一杯一杯になってしまうし、かといって普通に考えたらアルバイトをしていかなければ食っていけない。だからそれを抜け出せるにはどこかのタイミングで時間効率を考えて行動しないといけない。」

「アルバイトは時給制の労働集約型だけど、フリーランスで単価が高い状態を作ればそれを変えることができる。僕はフリーの時は土日に仕事を集約して、平日はそれこそ2本くらいしか入らない時期もあったので、実質2時間しか動いてないこともありました。だから残った時間で勉強したり情報収集したり、人に会ったりとかで、練習以外にも時間を作ることができたんです。」

結果的に山川は独立を経て生活的に余裕を持たせることができたが、当初は起業について知識も何もなかったという。

「僕は恵比寿にいて、地域的に経営者の方が多かったのが影響したんだと思います。僕は起業ってそもそも誰もができるものだと知らなかったくらいなんですよ。『起業って資格とかがいるんじゃないの?』といった具合に。」

「実質は登記とかで30万くらいはかかりますが、それこそ今は資本金0円でも起業できるようになってる。そういう風にできるということを僕もそうだし、みんな知らない。普通に就職して経験を積んで、部長とかを経て社長になるっていう感覚だったので。

でも僕の場合はたまたまそういう人たちが周りにいて、こういう道があるんだなっていうのを知ってやりたいなと思ったんですよ。目標をもって楽しそうにやっている。そういう道を知って引退したらやろうって。」

「情報感度を高めておくのは凄く大事だなと思います。やっぱり情報がないと本当に選択肢が狭まるんですよね。時代は凄く変わっていて、そこに適応していく必要はあるのですが、時代に何が求められているのかは絶対に知っておかなければいけない。

自分の場合はパーソナルトレーニングが伸びるという時期にあって、そこに乗っかって伸ばすことができた。アンテナを張ることは凄く大事だなってことは思います。」

チャンピオンになれない者が発信するからこそ意義がある

ところでアスリートの実業家といえば、日本を代表するサッカー選手である本田圭佑がよく知られている。ボクサーにも本田圭佑のような存在が必要かと尋ねたところ、次のような回答が返ってきた。

「そうですね。ただ、本田さんのような人はほとんど成功が確約されているみたいなところがあるじゃないですか。セカンドキャリアに行く段階で既に有利なポジションに立てる。」

「そうじゃなくて僕みたいに10年以上頑張っても日本ランカーとかで終わった人たちの方が圧倒的に多い。凄く頑張ったけど4回戦で終わってしまう人もいるわけじゃないですか。そういったマス層の人たちがセカンドキャリアをどうするかっていうのが重要だと思います。」

「僕はいつも言っているのですが、ボクシングに限らずスポーツ界の報酬制度ってほとんどがスライム型なんですよ。よくピラミッドと言われますが、それ以上に下位層が物凄く多くて、一部のトップだけが総取りになるみたいな。

だからそういう中でトップはほとんど一握り。その世界でトップに立てる人だからセカンドキャリアも成功するよねという話になってしまう。そうじゃなくてこの世界でチャンピオンになれなかった人たちがセカンドキャリアである程度やれているってことを、実績や経験ベースに話していくのは結構大事なことなのかなとは思っていますね。」

「僕はボクシングに凄いお世話になったと思ってますし、ボクシングのおかげで良かったことがたくさんある。でもかといってボクシングジムを立てて恩返しをすることはできない。でもこういう形で発信して、その話を受け取る人が少しでもいて、そういう人達がセカンドキャリアを上手くやってくれればいいと思ってます。」

山川和風プロフィール

1983年3月12日生まれ、岐阜県出身。

地元の岐阜県でボクシングを始め、東京では金子ジムに所属し、プロボクシングのキャリアを積む。ウェルター級を主戦場とし、プロ戦績は11勝7敗1分。2度の日本タイトル挑戦経験を持ち、プロ19戦目で2度目のタイトル挑戦を最後に現役を引退した。

現役時代よりパーソナルトレーナーとして活動しており、26才の頃に事業を立ち上げる。その後パーソナルトレーナーの育成やヨガクラスを専門とした店舗を構えるなど、現在に至るまで順調に事業を成長させている。

クイール編集部 ◯文 text by Queel
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この記事へのコメント()

Yamakawa2
kazukaze
2018/01/12 22:30

アスリートがいつか必ず迎えるセカンドキャリアについて、起業の経緯なども交えて。
こういう道もあるよ!ということで参考にしてもらえれば嬉しいです!
Twitterでもアスリートのセカンドキャリアやスポーツエンターテイメントビジネスについてよくつぶやきます。

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