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内藤律樹インタビュー「世界王者になるより、多くの人に応援されるボクサーに」東洋タイトルの決定戦を控え、インタビューを敢行。

2018/01/10 20:26

ボクシング元ミドル級世界1位のカシアス内藤を父に持ち、自身も第45代日本スーパーフェザー級王者となった内藤律樹。一時は世界王者を期待される立場にあったが、日本王座陥落後、スーパーライト級に2階級を上げ、初の東洋太平洋タイトルをかけて王座決定戦に出場する。

第45代日本スーパーフェザー級王者、内藤律樹(26)。

サウスポースタイルの技巧派として、アマチュアボクシングで高校3冠を達成し、プロでは9戦目にして日本王者に輝き、次代の世界王者として注目されるようになった。

しかし後の世界王者である尾川堅一に負傷判定の末に敗れ、王座から陥落すると、尾川との再戦を経てスーパーライト級まで2階級を上げている。そして1月13日には「DANGAN 204」にて初の東洋太平洋王座を懸け、メインイベントで王座決定戦に出場する。

そんな内藤であるが、もしかしたらボクサーとしてよりも、「カシアス内藤の息子」という立場での方が広く知られているかもしれない。

カシアス内藤は、ミドル級で世界ランキング1位に上り詰めるほどの才能を持ちながら、気の優しい性格から世界の頂点まで上り詰めることができなかったが、その生き様を描いた小説『一瞬の夏』がヒットするなど、ドラマチックなボクサーとして広く知られている。またガンを患い、余命宣告されながらもボクシングジムを設立する模様が、日本テレビ『24時間テレビ』でも特集された。(※現在はガンを克服している)

そんな父を持つ内藤律樹はどんな境遇でボクシングを始めたのか。そしてボクサーとしての目標はどこにあるのか、東洋太平洋王座決定戦を控えたタイミングでインタビューを行った。

「世界王者になるより、多くの人に応援されるボクサーに」

ーーまず内藤選手がボクシングを始めた経緯についてお聞きしたいと思います。

内藤 自分が中学生くらいの時に父がジムを作ったんですよ。その頃からですね。それまではやってないです。

ーー設立年から計算すると内藤選手が13歳の頃ですね。

内藤 そうですね。父にボクシングの試合会場に連れて行ってもらうことはあったんですけど、自分でやりたいとは全く思わなかったですね。

始めた理由も父と母がジムにいるので、当時は「学校が終わったら家に帰らずにジムに来なさい」と言われていたんですよ。でもいるだけでは暇なので、じゃあやるかって感じで始めました。

ーー内藤選手から自発的にって感じではなかったんですね。

内藤 そういうのでは全くないです。

ーーでは始めた頃には目指す選手とか目標などもなかったんですか?

内藤 何もないです。その時は野球をやっていて、そっちのほうに気持ちが入っていましたね。

ただ漠然とやってみるかってだけで、目標なんかも全くなかったです。

ーーではジムが作られなければボクシングはやっていなかったんですか?

内藤 やってなかったと思います。

ーーカシアスジムができる時は、お父さんの体調が悪くて設立の危機があったそうですね。

内藤 そうですね。本当に余命を宣告されていて、そこからジムを作り始めた感じでしたので。賭けですよね。

でも自分は反対も賛成もしなかったですし、父のやりたいことだから口出しは何もしてないです。

ーーそういう経緯もあったから内藤選手はボクシングを始めたという部分はあったんでしょうか?

内藤 全く関係ないです。本当に学校から帰ってきて、母がジムから家に帰る20時半くらいまで待つという感じで暇だったからですよ。

もちろん父の病気は心配してましたよ。父のことは大好きだったし。

ーーお父さんが有名なボクサーなので、内藤選手は幼少からずっとボクシングをやっていそうなイメージもあったんですが。

内藤 中学生まではまったくやってなかったですし、やる気もなかったですね。

まあ、わからないですけどね。ジムがなくてもやっている可能性もありますけどね。

ボクシングを始めたら面白くなったので、始めるキッカケさえあればやっていたと思います。そのキッカケがきているかどうかですね。

ーー中学生でボクシングを始めた内藤選手ですが高校では3冠を達成しています。神奈川の高校出身ですが、同じ世代には井上尚弥選手や松本亮選手など豪華メンバーが集まっていたんですよね。

内藤 あ〜、尚弥は2つ年下ですけど同じ地区でやっていましたね。あの時代の神奈川は強かったです。

(「日本ボクシング界最高傑作」と呼ばれる井上尚弥を始めとして、当時の神奈川には後のタイトルホルダーがずらりと並んでいた)

ーー全国大会より神奈川県の予選の方が厳しいくらいの激戦区だったのでしょうか?

内藤 神奈川はたしかに強かったイメージはありますけど、それよりは全国で活躍する奴が予選でも飛び抜けているイメージでした。

県全体がレベルが高いというよりも、全国で活躍できる選手が上手く集まったという感じでしたね。

ーー同世代にそこまで強い選手が集まっているというのはどんな感覚だったんでしょう?

内藤 面白かったですね。他県と合同の合宿とかに行っても自分たちが強いというのはわかっていましたし、試合場に行っても余裕がありました。

ーー面白いという感想になるんですね。

内藤 そうですね。全国大会とかも移動から楽しんでいくって感じでしたし。

アマチュアボクシングは県ごとに強豪校がいるというイメージなんですよ。それで強豪校の選手は5人くらいが一部屋に泊まることが多かった。

でも神奈川の場合は同じ高校の奴は一人もいなかったので。俺とか尚弥とか違う学校の奴らが同じ部屋に泊まってって感じだったので、仲も良かったし面白かったですね。

ーー高校で3冠を獲る頃からプロに転向しようという意識だったんでしょうか?

内藤 もっと前からですね。中学校の終わりくらいにはプロでやりたいとずっと思っていました。

でもトレーナーとか父に「プロになる前にアマチュアを経験しておいた方がいい」と言われたので、結果として高校ではアマチュアボクシングで試合をするようになったという感じです。

ーープロに転向されたのは高校卒業してすぐではなかったですよね。

内藤 アマチュアで1年間やって、それで転向ですね。

ーーアマチュアで実績があったのでB級の6回戦からのデビューでした。デビューから対戦相手の質が高くて2戦目は大ピンチもありましたね。

内藤 そうですね。2戦目はダウンして危なかったです(笑)。

1R目は大丈夫だと思ったんですけど2Rにダウンを貰ってしまい、そこからズルズルいって、初めての6Rだったんですけどスタミナ的にも結構くるなって印象でした。

2Rのダウンの後は危ないって所は全くなかったので逆転で勝ちましたが厳しい試合でした。

ーープロとアマチュアの違いは感じました?

内藤 感じましたね。このパンチだったら俺は倒れないやって思っていても、上手く当たれば倒れちゃうなっていうのは凄く感じました。アマチュアのグローブとプロのグローブの差とか。

あとは闘志かな。倒せば終わるんだよっていうのをプロのほうが感じました。

アマチュアでは倒すというよりは上手く当ててって感じの選手のほうが多かったんですけど、プロはみんな倒すことを意識しているという感じがしました。

ーー内藤選手は9戦目で日本タイトルに挑戦し、アウトボクシングで対戦相手からギブアップを奪って初タイトルを獲得しました。

内藤 安牌な試合をしてしまったという反省がありましたね。勝ちに徹しすぎたじゃないですけど、自分で映像を見返したいと思う試合ではなかったです。

タイトルを獲れて安心はしましたけど。嬉しいって気持ちはそこまではまりませんでした。

ーー親子二代で日本タイトル獲得したときも注目もされましたが。

内藤 そこでサラブレットだからとかも試合前に言われていた訳じゃないですか。そういう立場もあったので、タイトルを獲れたときは嬉しさよりも安心したという気持ちでした。

ーー内藤選手はポイントを奪いつつ、しっかりとダメージを与えるスタイルで高い評価を受けています。そのスタイルはデビューから意識していましたか?

内藤 少し変わっていますよ。デビュー戦は自分のパンチが当たれば相手が倒れると思っていましたし、相手のパンチと相打ちになっても自分が勝つくらいの感じで漠然と試合をしていました。

でもデビュー2試合目でダウンをして凄く考え方が変わりましたね。

パンチを貰わないで自分のパンチを当てないといけないなって考えるようになりました。そして最近なんかはどうお客さんを楽しませるかを考えるようにもなってきましたし。

ーーお客さんを楽しませる。それはいつ頃から考えるようになったんでしょう?

内藤 タイトルを獲った後ですかね。こんな試合をしていたら誰も見に来てくれないなって。前に出て倒しにいくことの必要性を感じました。

ーー日本タイトルマッチの後といえば伊藤雅雪選手との防衛戦が、テクニシャン日本一決定戦と言われ大きな話題になりましたね。

内藤 この試合はお互いに使える武器を全て使っての戦いでした。向こうのカウンターが上手いのはわかっていましたし、お客さんが緊張するのと同じだけ、自分たちも緊張して研ぎ澄まされながら戦っていたと思います。

ーー強豪の伊藤選手を前に、厳しい戦いになるという予想はあったのでしょうか

内藤 ありましたね。自分はその試合前のコンディションが余り良くなかったんですよ。練習でカウンターを貰う場面もありましたし。

このままじゃ負けるぞって怖さを感じたこともありました。勝つビジョンが明確にみえてなかったというか、向こうもいい技術を持っているからなと思いながら戦って、向こうの実力を認めた上で試合をしていた感じはしますね。

ーーそれだけプレッシャーのかかる試合でも内藤選手は勝利しました。

内藤 嬉しかったですね。あの時が初めてじゃないですか。試合が終わってガッツポーズをしたのは。

判定が出る前に接戦だったのはわかっていて、ヤバい、どっちなんだろうって思いながら聞いていました。判定が出たときは嬉しかったですね

ーー当時の同階級では内山選手や三浦選手が世界王者で、その次の世代に世界王者となるのは内藤選手と期待されていました。

内藤 やっぱり声がかかるのは待っていましたね。減量がキツイのは正直ありましたし、もうここらへんで挑戦しなきゃこの階級ではもうキツイだろうなという思いはありました。体重的に減量がかなりきつかったので。

ーーその中で尾川堅一選手との2度に渡る試合がありました。1戦目は先制のダウンを奪われながら、盛り返すも相手のバッティングで負傷判定で敗れています。

内藤 正直に話すとあのまま試合が続いていれば勝っていたと思います。試合の中盤からはおそらく向こうは死ぬ物狂いで、こっちは80%くらいのペースで戦っていたので、後半に向こうは体力が残っていなかったと思うので。

それでこっちは息も上がっていなくてダメージも抜けきっていたところでした。

でもあの試合はみんな自分が優勢になっている状況で尾川選手の頭を貰ったって言いますけど、尾川選手も頭をぶつけたのは故意じゃないし、それにつながる戦い方をしていたのもあの試合での最善の選択肢だったと思います。

下馬評は自分の方が上で、尾川選手は勝てないだろうと言われていたけど、1R目に自分がダウンを奪われて、尾川選手にとっては凄くいい状況じゃないですか。この状況を自分から潰すことはしませんよ。

ただ単に気持ちを出して前に出た時に頭が当たってしまっただけで、故意ではないのは間違いないし、試合中に投げられたのもどう流れを変えていいのかわからなくて組み合いで力が入っただけだと思うんですよね。

(後に36年ぶりにアメリカで世界王座獲得を果たす尾川堅一。当時は内藤が有利と見られていた。)

ーー2戦目は遺恨マッチとも言われましたけど、それはなかったんですね。

内藤 ないですよ。

ーーそして行われた2戦目は中盤でボディーを効かされての僅差判定負けとなりました。

内藤 いや実際はボディーは全く効いていませんでした。でも後半に体力を使って試合のペースを上げられると思っていたんですが、それが全然上がりませんでしたね。

エンジンがかからなかったじゃないですけど、どんどん失速してしまいました。

ーー理由は減量なんですかね。

内藤 言い訳になるのでその辺は言いたくないですけど。階級を上げたのはそれもありますね。

ーー3度目の対戦も見たい気がしますが、尾川選手は一足早く世界王者に駆け上がりましたね。

内藤 尾川選手はずっと勝ってきた訳だし、文句はないです。自分も含めてしっかり相手を倒してランキングを上げての挑戦ですし。

その結果なので当たり前だよなとは思いますね。しっかりやってればここまで来るのは当たり前だよって。

ーー内藤選手はその試合から階級を2階級上げて現在は戦っています。2階級といえば約4.5kgです。日本人のトップクラスの選手がこうも思い切った階級変更をするのは珍しいです。

内藤 最初は1階級上げてライトで戦ってみましたが、それでも減量苦ではないですけど、「あ、俺は減量してるな」って言うのを感じてしまったので。それでもう一つ階級をあげようって。

もともと体重を上げることを見越していました。その時に1階級か2階級のどちらにしようかなって言うのはあって、良いコンディションを作れるのが2階級上のスーパーライト級だったって感じです。

ーー2階級上げても減量はあるんですか?

内藤 そうですね。10kgくらいは落とさないといけないです。

ーーえ、じゃあスーパーフェザー級の頃は15kg近く…

内藤 相当落としてましたね(笑)。

あと階級を上げてからは筋力トレーニングとかをやって、ベースの体重も3kg以上は上がっています。だからスーパーフェザー級の時は12kg以上は落としていました。

ーーそれだけ落とすのはどの様な感覚なんですか?

内藤 もう最後なんかは相手の事を考えるより、あと体重は何キロだろう、何をして落とそうって考えるのが毎朝の作業でしたね。

それが本当に嫌でした。起きたら毎朝相手のことを考えられたら嬉しいじゃないですけど、それならいい練習ができそうじゃないですか。だからそう思いたいなって。

ーーただ2階級変わると対戦相手も大きくなりますよね。

内藤 大きくなりますね。ただ階級が変わったからと言って試合中に大きな変化を感じることはないですね。

もちろん身体は強いなとは思いますけど、もともとスーパーリングの時に同じ階級の人とはやらなくて、2階級上の選手とかとやることが多いんですよ。

スーパーフェザー級の頃からそうだったので、いつものスパーリングに比べればってことでそんなに違いは感じなかったです。

ーーでは階級を上げて良かったなという感想になりそうですね。

内藤 自分的には良かったという感想しかないですね。

ーーあと最新の内藤選手の試合は中国との対抗戦でした。計量で乱闘になったのも話題になりましたね。

内藤 あれは向こうですよ(笑)。向こうが頭をぶつけてきたので。

自分は引きたくないのは思っていたのでああいう結果になりましたね。

ーー内藤選手は乱闘をよくされるんですか?

内藤 いや、ないですよ(笑)。あれが初めてです。

ーーあのインパクトが凄くて、内藤選手は実は凶暴なのかって印象だったんですが(笑)

内藤 全くないですよ。毎回俺は握手して終わりますもん。

中国の選手とも終わったあとにカメラが回ってないところでは握手したので。向こうもショーとしてやってるんですよ。

ーー次戦はアリエンザとの東洋太平洋の王座決定戦となりました。東洋に打って出るのはどんな意図があったんでしょう?

内藤 ひとつは回ってきたチャンスというのもありますが、日本タイトルもそうだったんですけど、自分的にはこだわりはないです。世界タイトルを獲りたいっていうのもないんですよ。

ーーえ!世界タイトルを取りたいという意識がない!?もったい無いじゃないですか。

内藤 自分としては世界タイトルを獲るよりも重要にしていることがあるんですよ。

例えば、世界タイトルマッチで自分を応援してくれる2000人、3000人が見てくれるよりも、ノンタイトルでも1万人が見てくれる方が理想なんですよ。

全然ベルトなんかどうでもいいし、それよりも見て応援してもらえるほうに価値を感じますね。

ーー考えてみれば内藤選手のお父さんのカシアス内藤選手も世界王者ではないですが、それを凌駕する人気選手でしたよね。

内藤 どうなんですかね。そこまでは思ってないですけど、世界チャンピオンになったとしても道を歩いているときに「あの人誰?」ってなったら嫌じゃないですか。寂しいですよ。

それよりも世界チャンピオンじゃなくても「うわあ!握手してください」って声をかけられるほうが嬉しいじゃないですか。

だから東洋タイトルにも個人的には興味がないです。でもこれでチャンピオンになって、結果的に見てくれる人が多くなるのであれば自分の中ではプラスですね。大きい試合ができて、人気がでるような試合もしやすくなるだろうし。

ーーそれでは今回対戦するアリエンザについて聞きたいんですが、アリエンザの研究は進んでいますか?

内藤 人並みには研究はしてますけど、それよりも自分がどういうボクシングをするかに重点を置いていますね。

アリエンザにはこういうパンチが当たるとかはあまり考えていないです。重要なのは自分のリズムにどう持っているのでそればっかり考えています。

ーーでは内藤選手の思い描く理想のボクシングとはどのような形なんでしょう。

内藤 まずは触られないというか、良いパンチはもらわないでこっちが一方的に殴るのが一番ですね。

でもそれが一発二発だけじゃ駄目だと思うんですよ。もっとお客さんが飽きないようにもっとパンチを当てて、避けて避けて。

あいつ華麗だなっていうボクシングをしていきたいです。

ーー少し内容の被る質問になりますが、今回のアリエンザ戦は内藤選手にとってどんな試合にしたいですか?

内藤 キャリアとしては通過点ですよね。ここで負けていたら先がない気がします。絶対に落とせない試合です。

アリエンザは日本人が何人も勝っている相手だし、タイトル抜きで自分の実力が悩んで作り上げたスタイルがアリエンザに通用しないのなら自分はここまでだなと思います。

自分の通過点というか立ち位置、今どこにいるのかが分かる試合になると思います。

ーー内藤選手が思い描く将来はどういうものなんですか?具体的に対戦したい相手であったりとか。

内藤 誰とまではないですけど強いやつとは戦いたいですね。

ーーそれは日本というより世界でしょうか。

内藤 日本でも強い選手はいますけど、立ち位置なんかを考えるとなかなか日本人同士で対戦することは難しいじゃないですか。自分はどんな相手でもリスクを背負って戦いたいですけど…

そう考えると海外の名前のある強い世界ランカーを相手に敵地に乗り込んでもいいので戦いたいですね。

ーー敵地でもいいんですね!でもスーパーライトは世界的に層が厚い階級ですよね。

内藤 スーパーライト、ウェルターはそうですよね。だからこそ強豪と戦いたいです。

今回はそこに挑戦していけるかを見極めるような試合になりますよ。海外で億のファイトマネーをもらってる選手と戦う前に自分の実力を見る試合だと思います。

タイトルを獲ってランキングを上げればそういう相手とやれるチャンスが広がるので落とせないですよ。

ーー内藤選手の日常についてお伺いしたいのですが、まず休日は何をされているのでしょう?

内藤 スマホゲーでしょうか。

ーー内藤選手がスマホのゲームをするんですか!?

内藤 やりますよ。昔はパズドラにハマってました。今はやっていないんですけど、レベルは400超くらいまではいきました。

ーー意外な一面ですよ。今もスマホゲームは続けているますか?

内藤 今だったらクラロワじゃないですか。あとはワンピースのトレジャークルーズとか、ドラゴンボールのドッカンバトルとかを結構やってますね。

ーー内藤選手は自分の中ではワイルドのイメージだったので全くスマホゲームをしそうなイメージがなかったんですが(笑)。

内藤 家では遊ぶときはほとんどゲームですね。日曜日とかは朝にラントレがあるんですけど、それが終わる時間くらいに友達が来て、それでボクシングの放送とかがあれば一緒に見て、それ以外はゴロゴロして携帯をいじってゲームをしているって感じですよ。

ーー意外ですよ。休日の大学生の集まりみたいじゃないですか。

内藤 まあ、暇つぶしですね(笑)。

ーー最後にお父さんのカシアス内藤選手についても質問したいんですけど、生まれた頃には引退されていたので試合はご覧になっていないんですよね?

内藤 そうですね。現役時代は見ていないないです。昔のビデオも輪島さんと戦った試合ともう一試合だけ見たことがあるくらいです。

あと「一瞬の夏」という本も出ているんですけど、それも読んだことがないんですよ。

ーーええ!衝撃の事実ですね。あれを読んでボクシングを始めたっていう人も数多くいるのに。

内藤 読もうと思わないですね。みんなに読んでみろって言われてチャレンジしたこともあるんですけど、最初の1ページも読まないで辞めてしまいました。

ーーそれは何故なんでしょう。

内藤 読みたくない訳じゃないんですけど、何故か読む気にならないんですよ。興味がないんだと思います。

ーー別にお父さんと仲が悪いという訳ではないですよね?

内藤 全然仲は悪くないですよ。高校時代のアマチュアの試合は遠征が多くて、ずっと父と2人で車で移動していましたから。なんで読まないんだろう。

これを言うとみんなに「え!」ってリアクションされて読むことを薦められますけど、今後も読むことはないと思いますね。

ーーあと一つだけ聞きたいんですが、かなり将来の話ですが内藤選手はジムは継がれるんですか?

内藤 選手を育てたいというのはそんなにないですね。選手を育てたいというよりも選手が活躍できる場所を俺が作ってあげたいという気持ちのほうが大きいです。

もちろんジムは継ぎますけど、そのジムで強い選手を育てるだけじゃしょうがないじゃないですか。それよりも選手が世界で戦える道筋だったりとか、デカいファイトマネーを貰えるとか。

そういう場所に自分の選手や周りの選手をどれだけ送り込めるかというのが将来の夢ではありますね。

内藤律樹プロフィール

名前: 内藤 律樹(ないとう りっき)
生年月日:  1991年7月31日(26歳)
戦績: 18勝(6KO)2敗
階級 スーパーライト級

カシアス内藤を父に持ち、中学時代からボクシングを始める。高校ではアマチュアボクシングで3冠を達成し、プロデビュー。

プロでは9戦目にして松崎博保から8RTKO勝利を収め、第45代日本スーパーフェザー級王者となる。日本王者として3度の防衛に成功するも、4度目の防衛戦で後の世界王者である尾川堅一の前に負傷判定負けを喫する。

初対戦から1年後に、今度は挑戦者として尾川と再戦するも判定負けを喫し、その後はライト級、スーパーライト級と段階的に階級を上げている。

そして1月13日の『DANGAN 204』にて、初の東洋太平洋王座を懸けて決定戦に出場する。

クイール編集部 ◯文 text by Queel
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この記事へのコメント()

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サダノブ
2018/01/11 20:37

リッキーの試合もいよいよ明後日か。絶対に世界を取れる逸材だと思うので目指して欲しいけど。

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匿名ユーザー
2018/01/12 05:53

世界は絶対に無理だと思うけど、リッキーの意外な内面をしれて良かった

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