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格闘家人生の集大成、梅野源治がルンピニー王座に挑戦。なぜ梅野はムエタイに魅了され、再び頂点を目指すのか。

2018/02/16 19:24

2月18日(日)に後楽園ホールで開催される『REBELS.54』。

同大会のメインイベントには"日本の至宝"梅野源治が出場し、ルンピニースタジアム認定ライト級王座決定戦に出場する。その名の通り、勝利すればルンピニータイトルを獲得できる一戦だ。

ルンピニーはラジャダムナンと並んでムエタイの二大殿堂と称されているが、ラジャダムナンはこれまで日本人王者が7人誕生しているのに対して、ルンピニーでの日本人王者は誕生しておらず、梅野はこの一戦に勝利すれば日本初の快挙となる。

梅野が日本の至宝と称される要因は、かつて打倒ムエタイを掲げた選手はパンチやローキックといったタイ人選手とは異なる戦法で対抗していたのに対し、梅野は正面からムエタイで勝負し、多くのトップレベルのタイ人選手を破ってきたところにある。

さらに格闘技を始めたのは18才と若くはない上に、タイへの長期滞在経験もなく、日本にいながら最高峰のムエタイ技術を身に着けてきたところが不世出の天才と言われる所以だ。

日本の立ち技格闘技は冬の時代を越え、K-1やKNOCK OUTが新たなメジャー舞台として注目される中、梅野は打倒ムエタイを掲げて戦い続け、昨年5月にラジャダムナンのタイトルを失った後もREBELSでルンピニー王座を照準に絞ってきた。

一度は連敗から引退を考えるほどに打ちのめされたが、見事な復活を遂げ、いよいよ満を持してルンピニー王座への挑戦を迎える。梅野の現在に至るまでの長い道のりを、本サービス最後のロングインタビューにて掲載する。

"日本の至宝"梅野が挫折を乗り越え、ルンピニー王座に挑戦する

ーー梅野選手はすでにラジャダムナンとWBCムエタイのビッグタイトルを獲得していますが、梅野選手にとってルンピニータイトルはどのような存在なのでしょうか?

格闘技を始めたときは何が凄いかは知識がないので分からないじゃないですか。それで格闘技を始めて色々な人の話を経験したり聞いたりして何が凄いのか徐々に分かっていくんですよ。

僕が最初に見たのは立ち技で言えばK-1。その中でルールが違うムエタイでトップ選手ではないブアカーオが圧倒的に勝っていく。そしてブアカーオが強すぎるから首相撲がなしになったりとかルールも変わっています。

キックボクシングのチャンピオンが誰もタイのムエタイの選手に勝てない。タイのランカーやチャンピオンの足元にも及ばないという立ち技の現状を知ったんですよ。

僕は世界で一番強くなりたいと思って始めたので。知名度だったりお金だったりを気にして始めた訳じゃなかったんですよ。「稼げるぜ、有名になれるぜ」という思いで始めていないので。

とにかく世界で一番凄くなりたい、強くなりたいというのが始めだったので、ムエタイが誰も勝てないというのを知って、じゃあ世界で一番の凄いところで勝負していきたいと思ったんですよ。

それでルンピニー、ラジャダムナンが凄いというのを聞いたので、ならそこのベルトを獲ったらいいじゃんって。

ーーラジャ、ルンピニーを目指すことになったのは格闘技を始めてどれくらいの頃だったんんですか?

プロになったちょっと後くらいですね。会長やタイのトレーナーだったりから話を聞いて。

デビュー戦はムエタイルールの試合だったんですけど、ムエタイルールでこうなりたいと言って出たわけではなかったです。

ーーデビュー戦は代役出場だったそうですね。

試合の2週間前くらいに話が来たんですよ。それも格闘技を始めて8ヶ月くらいの頃でした。考えてみれば凄い話ですよね。

ーーアマチュアの試合もあまりされていなかったようで。

1試合だけですね。本当によく頼んできたなと今では思います。

ーー受ける梅野選手も凄いですよ。

会長が困っていたので。所属ジムはフリーのジムなんですが、10年前はフリーのジムは試合が組まれずらかったんですよ。

ランキングにも入れてもらえない、試合も組まれない。そんな状況にあってせっかく組まれていた試合でジムに所属していた選手が試合前に失踪してしまったんですよ。

それでキャンセルしてしまうとジムの信用を失うので、今後試合が組まれづらくなってしまう。そこで代役で誰かが出場しなければいけないことになったんです。

出たいか出たくないかで言われれば僕は全く出たくなかったんですよ。僕は負けず嫌いなので準備ができていない中で負けるのは嫌じゃないですか。

2、3週間前って今だと断りますよ。しかも当時はプロで何の経験もない状態で直前で試合をしてくれって言われても困ります。格闘技を始めて8ヶ月とかで無理でしょって。

でも会長がかなり困っている感じだったし、そこで勝てば今後はずっとプロでやっていってもいいと言われたんですよ。

当時だったらアマチュアで全日本トーナメント優勝、準優勝しなければプロになれないという決まりがうちのジムにはあって。でも勝ったらそこを飛ばして良いと言われたので頑張ってみようかなと。

ーーそこで実際に勝利してしまう。

運が良かったんですよ。

ーー所属ジムの加藤会長は「梅野選手は始めた当初から日本王者クラスに強かった」とも証言していた記憶があるんですが。

それはウソですね。「センスはあると思ったけど、直ぐに辞めるだろう思った」って僕は言われましたよ。ヤンキー系の奴はすぐに辞めるだろうって。

ーーそれも聞きたかったんですが、梅野選手はヤンキーだったんですか?

ヤンキーじゃないですよ(笑)。

ーーインスタに投稿された高校時代の写真は凄くホストっぽかったんですが、ホストはやっていたんでしょうか?

してないです。髪は長くて下ろしているかオールバックにはしていましたけど。

ーーでもあの風貌と眼力ならホストでもトップを獲れましたよ。

ないです(笑)。ホストはあまり向いてないと思います。擬似恋愛してお金をどうのこうのっていうのはイメージできないので。

ーー高校時代は荒れてはいたんですか?

喧嘩はしていましたけど、暴走族だったりチーマーだったりをしていたことは一度もないですね。

ただ通っていた高校は凄く歴史ある学校なんですけど、「こんなに停学になっておきながら卒業できた生徒は始めてだ」って言われました。普通はこれだけ停学処分を受けていれば退学になると。

でも喧嘩している理由が暴れたくてって感じではなくて、誰かがやられた、お金を獲られたといったことが多かったので、先生は僕の味方だったんですよ。

高校2年のころは半分くらいがそんな感じでしたね。謹慎が明けたと思ったらまた謹慎みたいな。

ーー話は戻りますが思いの外早くプロでキックボクシングをやるようになって、最初の目標はK-1だったんですか?

何でもいいというか。たしかに一番最初はK-1の世界チャンピオンが一番強いと僕は思っていたんですよ。それが違うのかと言ったら否定するつもりもないですし僕には分からないです。

でもやっていく中でそれがムエタイのトップへと変わっていった感じです。

僕はただ一番になりたかったんですよ。高校の卒業文集の夢には社長になることと、世界チャンピオンになることって書いたんですよ。そして何でもいいから一番になりたいんだって。

でも僕は威張るのが好きじゃないから、一番になって仲間内で仲良くなっていたいって。でも一番じゃないとそれを人からとやかく言われるから一番にはなりたいって書いたんですよ。それは今も変わってないです。

話を戻すとK-1ではブアカーオはラジャでは1位までは行っていない。しかも60kg前半の体重から70kgまで無理やり体重をあわせて優勝した。

それを考えたら当時の僕はじゃあ立ち技の世界一はムエタイじゃんって考えたんですよ。僕はですよ。

そこから背をそむけて他の取りやすいタイトルを狙うよりかは、あえて難しいところを目指したほうが成長できるなって。

ーーただやはり梅野選手もK-1の影響で格闘技を始めたというのは同年代の選手と共通していますね。

K-1しかテレビでやっていなかったじゃないですか。あとはPRIDE。実はむしろ最初は総合が好きで、PRIDEのほうが良かった。

格闘技をやる前は何でも良かったんですよ。それでパンチだけよりは蹴りがあったほうが良いなとか、じゃあ寝技もあったほうが良いなとか。単純に人間として総合が一番強いと思ったんですよ。

だけど友達から「お前の身体は総合向きじゃない。総合の身体はもっと筋肉質だけど、お前の身体はヒョロ長いからボクシングかムエタイのほうが向いている」と言われて。

それならボクシングより、パンチや蹴りのあるムエタイのジムに行こうと思ったんですよ。

ーーその友達も先見の明があったというか、適正を見抜いてますよね。

今でも応援に来てくれますからね。デビュー戦からずっと見に来てくています。

まあ、格闘技をやる前の高校生の頃は始めたらすぐにチャンピオンになれると思っていたんですよ。

喧嘩だと体重は関係ないじゃないですか。でもキックは体重を合わせてくれる。だったらどう負けるんだよって。

実際に高校生の頃に学校でやっていた格闘技ごっこでも僕は強かったんですよ。争っている部分は低いかもしれないけど自信はありました。なので当時は本気でボブ・サップに勝てると思っていたんですよ。

当時はボブ・サップが一番有名だったんですけど、体重とか関係なしでも僕のパンチが当たれば倒せると思ってました。

ーー同じ階級ではなくボブ・サップだったんですね。

自信はありましたね。あと初めてジムに行く前は初日でプロ選手に勝てると思ってました。それで1年後とかにはMMAで世界チャンピオンになるんだろうなって。

でも実際に格闘技のジムに行ったら凄く難しい。例えば右でパンチをしたら左手でガードをする。それって今から考えると当たり前なんですけど、当時は教えて貰えるのが凄く楽しかった。

だって人の壊し方や倒し方を教えてくれるんですよ。これは面白いなって。

でも初日でプロになれると思っていた人間がやってみたら、隣で練習している女性会員さんより良い音がしないんですよ。

そしてその上に男性の一般会員さんがいてアマチュア選手がいて、プロがいて日本ランカーがいて日本王者、世界王者がいる。この世界にはどれだけ強い奴らがいるんだこの世界はと思いましたね。

アマチュアの選手とスパーをしたんですけど、まず攻撃が当たらないんですよ。そしてタイ人のトレーナーとやってみてもニヤニヤしながら遊ばれる。こっちは本気でやっているのに。

そこでこんな凄い奴らが一杯いる世界でトップに立ったらどんな世界が見えるのかなって衝撃を受けましたね。

同じジムにはオタク系のハチマキ選手がいるんですけど、普通にパンチも当たらないし良いようにやられていたんですよ。

ハチマキ選手は眉毛はゲジゲジでシャツもインしていましたし、今よりもずっとオタクっぽかったんですよ。でもスパーリングでは僕がやられてしまい、「うわ〜、これ漫画で見るオタクにぶっ飛ばされるヤンキーだな」って思いながら。

でも決めていたんですよ。このアマチュアの選手は2ヶ月でぶっとばそう、このハチマキとかいう選手は半年以内、そして会長は一年以内だなって。

ーー会長もですか?

今の会長は優しいんですよ。スパーリングで倒すなんてことは絶対にない。

でも当時の会長は二十代で僕も生意気だったので、ボディーを思いっきり殴られてぶっ飛ばされ、起き上がらされてローキックされたりとか。それで僕も立ち上がって思いっきりパンチを振り回して殴りかかるんですけど当たらない。

ーーそれでは最初の頃に挫折感を感じることもあったのでは?

少しは感じましたけど、そこから「ああ、これは無理だ」というのは一切思わなかった。やられながら悔しいけど、これは倒しがいがあるなって楽しかったですよ。思ったほど簡単じゃないなって。

簡単じゃないからこそ、ここで頂点をとったらどんな景色が見えるんだろうって。そこで頂点に立ったら誇りに思えるんだろうなって。本当にプロ選手も会長もトレーナーも凄すぎたので。

タイ人のトレーナーなんて、現役の日本王者と試合をしても、引退から十年くらい経っているのに翻弄して勝っちゃうよって会長から聞いて、なんだそれって衝撃を受けました。

ーー始めてみて、それだけやられてムエタイの世界でトップを目指そうと思い続けられたのも凄いです。

これを言うと嫌われるかもしれないですが、僕はお坊ちゃんなのでお金に困ったことがないんですよ。お手伝いさんかもいましたし、地域では有名な家系の産まれでした。

ーー梅野選手の試合ぶりからは全く感じられないのでビックリしました。

僕自身もそんな感覚はなかったんですけど、客観的に見ると住んでいる家とかを違うのが子供の頃から分かってはいました。

でも格闘技を始めた時はハングリー精神がありましたよ。そもそもそこの部分に頼ってはいなかったですし。ただ育ちからなのか、お金に対する執着はなかったです。

それは裕福な家庭に育ったからか、お金で自分の行動を左右されたくないという思いがあるんですよ。どれだけ良いお金を貰えたとしても自分の目指す道に外れたところには進みたくない。

これは大事なことだと思うんですが、選手ってゴマをするんですよ。スポンサーになって欲しいからお金を持っている人に。

そこでは選手は何を考えているかというと、相手の地位を考えて嫌われないようにしているんですよ。

対して、お金を持っている例えば社長だったりがゴマをする選手に何を求めるかと言えば、連れて歩くことで店で自慢できることだとかってあると思うんですよ。もちろん全てじゃないですけど割りと多いと思うんです。

今はテレビで格闘技をやっていないので、スポンサーをしても宣伝効果はあまりなく、スポンサーをすると多少自慢できるからってことになると思います。もちろん可愛いからやっているとも思いますけど。

そうなると選手は相手がお金を持っているという地位で見ていて、社長もチャンピオンという地位で見ている訳じゃないですか。

僕は歴史から学んで欲しいんですが、引退した選手が毎回言うのは「俺がチャンピオンだったときはみんな擦り寄ってきた。でも俺が引退したらみんな消えていった。あいつらは何なんだ。」って言うんですよ。

でも僕からしたらお前が何なんだっていう感じですよ。それはあなたがお金目当てで「スポンサーになってください」ってゴマをするだけでちゃんとした信頼関係を築いてきたんですか、と。僕はそんな関係性で付き合っているスポンサーは一人もいないです。

自分が相手の地位しか見ていないのに、相手もチャンピオンという地位があるから付き合っていただけだよ。だからあなたがそれを言う資格はないと僕は思うんですよ。

それなのにほとんどの格闘家がそんな付き合い方をしている。格闘家を落とす事は言いたくないですけど、だから引退した後に職業もあまりないんですよ。

格闘技だけ頑張っていればいいんだと言い訳してきた結果がそれなんですよって。格闘家は引退した後の事を現役中にもっと考えて行動したほうがいい。でも選手もスポンサーもそういう事を思っている人が多い。

格闘技も頑張って、他のことも頑張る。それができないのであれば、どうすればできるのかを考えたほうがいいですよ。勝手に限界を作って、格闘技を頑張っているので、他のことができないというのは可能性を閉ざしている。

目指しているところが高ければやれることや選択肢も増えてくるんですよ。

ムエタイでも当時は首相撲じゃ勝てない、テクニックじゃ勝てないって日本のトップ選手が言っていたんですよ。でもなんで僕が強いかと言ったら勝てると思って練習をしてきているからなんですよ。最初から可能性を限定せず、テクニックでも勝てると思って練習してきた。

今までの選手の考えは判定では勝てないからKOするしかないって感じでした。その結果勝てていないじゃないですか。でも僕は全部で勝てると考えてやってきた結果勝てている。要は見ているところがどれくらいかによって、頂点に行きつけなかったとしても、半分にはいけるかもしれない。最初から半分のところ目指していたらその8割に到達したとしてもたかが知れている。

最初から高い山目指して高いところに行ったほうがいい。勝手に限界を決めて自分で選択しておいて、それで文句を言うのはおかしい。

引退して自分はこれだけ頑張った。でも今は現役時代に格闘技ばかりしてきたから何もないなんてのは自分の責任じゃないですか。自分は今でもそうですが、過去のことを語るよりは未来のことを語っていきたい。

引退した後に僕は「ラジャダムナンを取った」「WBCムエタイの世界タイトルを取った」なんて語りたくない。講演などであれば言いますよ。でも僕は引退後も格闘技のことじゃなくても、こういう夢があるって未来を語りたい。

僕はスポンサーになってくれると言ってくださる方には、頂けるお金の分の宣伝効果は地上波に出ている訳でもないので、ないとはっきり言います。僕はできる限り頑張りますし、受けた恩は必ず返したいと思っているし、それ以上を返す努力をするけど、現状はスポンサー料の分をお返しできない。

それに自分の目指しているものがハッキリとあるので、誰々とやってくれと言われてもできないですし、こんな企画をしてくれと言われてもやりたくないものはできないと伝えるんですよ。

凄く簡単に言うとメリットがないと伝えます。僕は本音で語りたいんですよ。ゴマをする関係ではなく、困ったことがあれば相談をしたいし相談もされたい。引退した後にも付き合いができる人間関係を築きたいと言うんですよ。

だから僕はスポンサーは断ることが多いです。それでも人間性で応援したいからスポンサーになりたいと熱く語って貰ったりすると嬉しいので、よろしくお願いしますという形でなって貰ったりはしています。だからそこにはしっかりとした人間関係があるんですよ。

だから応援してくれる人は凄く熱い人ばかりです。だからスポンサー全員に手渡しで配りにいく選手とかもいますけど、僕はスポンサーの方が理解してくれているので、例えば一人に渡したらそこで回して貰えたりします。

そこでは僕が頑張っているのを分かってくれているので、自分に会いにくるよりも練習だったり学ぶことに力を入れてほしいと言って下さるんですよね。

ーー梅野選手の応援団は熱いですよね。

熱いですよね。僕の応援にしてきてくれる人達は人間関係があって心から応援してくれている方が多いので。

そんな人達が応援してくれているので練習も頑張れますね。ルンピニーのタイトルって大きいじゃないですか。でもみんなとだから行ける気がします。

深い人間関係が大事だなと気づいたのは、2016年のラジャダムナンスタジアムのタイトル戦の一ヶ月くらい前だったんですよ。

2015年の秋にソンコムというランカーと対戦して、逆転勝利したがヒジでダウンを奪われてしまいました。そしてその年の12月にはラジャダムナンの創立記念興行でヨードレックペットとやってヒジを貰い、KO負けをしてしまった。

その次は『NO KICK NO LIFE』で絶対に勝てるといわれていたスターボーイには、ヒジでダウンを奪われてドローになってしまった。

結果は勝ったにしろ負けたにしろドローにしろ、ヒジで倒されてしまったんですよ。それまでの僕はタイ人のトレーナーと仲が良くて、それで強くなってきたんです。

これまでの日本人は「タイ人トレーナーの言うことを小さいことからムエタイをやっているタイ人だからできるんだ」と言っていたんですけど、僕は素直に聞いていていたので、タイ人のトレーナーも気に入っていくれていて良い人間関係を築けていたから強くなっていた。

でもその3連続のダウンからトレーナーの言うことを聞かなくなってしまったんですよ。僕のパンチでガンガン前に行くスタイルはタイの選手たちに知れ渡ってしまった。今までは研究もされていなくて対策も立てられなかったけど、自分はもうタイ人にも対策を立てられている。タイの人からも梅野に対してはヒジを合わせろっていうことをタイのジムではみんな言っているぞ、と現地の人からメッセージを貰ったこともあるんですよ。

だから僕はスタイルを見直す必要があると考えたんですが、トレーナーは今まで「梅野が強かったのは身長が高くてアグレッシブにパンチで前に詰めていくからだ、それを距離をとってテクニシャンスタイルで戦うとタイ人は怖くない」って言うんですよね。

でも僕は前にはいくけど、ガンガン行きすぎるとカウンターを貰うから今より距離をとりたいと主張した。

それでもタイ人のトレーナーは相手が打ってきてもそれを避けて前にいけって言うんですよ。でも僕は納得できなくてそれは理想論だって返して。ボクサーですら、5発くらいコンビネーションをまとめて、それで相手の攻撃を避けてまたコンビネーションにつなげる選手を見たことがありません。ムエタイはそれにヒジも蹴りもあるから無理だって。タイ人でもそんな選手いないじゃないですか。

それで突っぱねたら段々トレーナーとの関係も悪くなっていったんですよ。そしたら結果がさらに悪くなってしまった。

実はヒジでダウンを貰った3試合はスターボーイ戦は駄目でしたが、前の2戦は内容自体は良くて、評価が下がるものではなかったんですよ。でも2016年の夏前にあったヨードワンディー戦は、1Rにダウンを奪いながら距離をとってミドルキックを中心に戦ったらドローになってしまった。それで周りのムエタイの関係者から「梅野はスタイルが変わった。あんなに距離を取る選手ではなかった」と言われたんですよ。

そして次はヤスユキ選手と対戦しましたが、僕がスタイルを変えたこともあって、お互いが前に出ない凄くつまらない試合になってしまった。余りにもつまらなすぎて、3Rに前に出たら途端にバッティングになってしまい僕の負傷判定に。

勝ちはしましたけど、良い結果が出ず2ヶ月後にあるラジャダムナンのタイトルマッチはどうするんだって悩みました。その1ヶ月後にはWBCムエタイのタイトルマッチも決まっていましたし、このままじゃどうするんだって。

それでなぜ良い結果が出ないんだろうって考えると、それは人の言うことを聞かなくなって素直さを失っていたことだと思ったんですよ。これまではタイ人のトレーナーの言うことを素直に聞いてきて結果が出てきたのに、言われることを聞かなくなっていたんですよ。だから昔の良かったころを振り返ってもう一度タイ人のトレーナーとの関係性を築いて、また一緒に頑張っていきたいって。

なのでまずは自分の考えが上手くいっていない事を認めて、タイ人のトレーナーに謝りました。それであなた達の言っていることを全部信じるから、一から教えて欲しいって頼んだんですよ。自分は悪い時期に一人で物凄い頑張ったけど結果は出なかった。そこで一人の力ではできることに限界があるって気づいたんですよ。

例えると会社だってそうじゃないですか。凄い会社も社員が何千人とか何万人もいるから凄いというのがある。一人の会社だと稼働できる範囲が限られるので、売上も限られるじゃないですか。歴史が証明している。僕一人で頑張るよりチームで頑張ったほうが良い結果が出る。

それで僕は頑張ってみんなで上を目指していきたいと考えたんですよ。ジム全体で頑張って上を目指したほうが良い結果がでると分かっていたので。

その為にトレーナーにはまず謝って。サプリメントとかも全部辞めて、そのお金があるのなら仲間に使おうと考えるようになりました。サプリを摂るよりもトレーナーに毎日水を買っていってあげようとか、後輩を食事に連れて行ってあげようとか。先輩の選手と食事会を開こうとか。それは僕だけのためじゃなくてジム全体のためになると思ったので。

そういうことをしていたらトレーナーとかも僕のために凄く協力してくれますし、後輩とか先輩も僕の行動を見てくれて、より協力してくれたんですよ。

誰でもやっていることは効果が少ない。でも誰でも出来るんだけど、誰もやっていないことは価値が高いんですよ。例えば僕はトレーナーに毎日飲み物を差し入れするのですが、それは週に6回練習に行くとして、1ヶ月でも約2400円くらいですが、これは誰でもできること。トレーナーは喜んでくれるんですけど、これは誰もやっていないじゃないですか。

食事会だって、高い店じゃなくても気持ちがあればサイゼリアだって嬉しいじゃないですか。反省したことがあれば紙に悪かった部分を書き出して謝って、でも自分はこうしていきたいから協力して欲しいって頼んだり。

新しいものを求めてマッサージ代だったり、ボクシングトレーナー代に投資するよりも、僕は見返りを求めたわけじゃないけど、仲間との人間関係にお金を出したほうが強くなれたんですよ。

でもみんな効果が分からないものだったに、自分は頑張っているんだって思うためにお金を使ってしまいがちなんですよ。みんながやっていることをしても差は出ないです。だったり違うところでより効率的なものを求めたほうがいい。それが僕にとっては人間関係だったんですよ。

トレーナーとは週に6回会うんですよ?そのトレーナーがより親身になってくれたほうが確実に強くなるんです。でもみんな目先のことしか考えないから、マッサージをしてもらって、疲れが取れたとかに出費してしまう。

みんな効率の悪い所にコストをかけすぎているので、もっと効率のいいところに投資したほうが良いんです。僕は経営者の方とよくいるのでビジネスに例えることが多いんですけど、これは別の種目でも仕事でもなんでもそうなんですよ。

一人で頑張っても結果はでない。ある程度のところまではいったとしても、みんなで頑張る態勢にないと最高の結果は出ないんですよ。

それを僕は結果が出ないときに凄く考えたんですよ。その時はジムにも行きたくなかったくらい追い込まれていたんですけど、寝ないで考えました。

格闘技でボディー打ちを受けるとみんな下がるじゃないですか。でも本来の目的は勝つこと。ボディーが凄く効いていても、下がってしまうと自分の攻撃が効かなくなるから99%勝てない。でも効かされても前に出るから勝てる。

"辛い時こそ前に"なんですよ。前にいくから当たればKOできる。下がりながらじゃ倒されないかもしれないけど勝てない。でも目的は勝ちじゃないですか。逃げて叶う夢はないんですよ。辛いときこそ前に出ないと。

僕はジムにも行きたくなくて悩んだ時期もありましたけど、その時期があったから今の考え方になれたと思うんです。あの時期に前に出ることを考えることができたから、良い結果に進めたと思うんですよ。

それに一人で頑張る時期も必要だと思うんですよ。その時に努力を覚える。俺は自分ひとりでどこまでいけるんだろうって。それで挫折があってひとりでいける限界を知ってから、人と協力することを覚えたほうが良いんですよ。

最初から「みんなWIN-WINで行こうぜ」って人であまり凄い人は知りません。みんな最初は負けず嫌いで突っ張っていて、我が強くてある程度の芯を持っていないと駄目なんです。

それがないと人が離れたり裏切られたりすると、一気に下がってしまうんですよ。そこから這い上がれない人がほとんど。なのでそういう時期は格闘技でも会社でも上り詰めるには必要だと思うんです。

突っ張っていて、協力を求められて、良い人間関係を築ける人。そういう人が何においてもトップにいけるんじゃないかなと思ったんですよ。

ーーそういう時期を乗り越えてのラジャダムナン王座獲得でしたが、景色は変わりましたか?

自分のことを誇りに思えましたね。お客さんも仲間も涙を流して喜んでくれて。プロモーターも涙を流して喜んでくれたのは凄いと思うんですよ。そんなの見たことなかったですし幸せだなと思いました。

でも一つの夢が叶うと、新しい夢ができて満足はしなかった。

新しい夢というのは世界一の男としてこのベルトをずっと守っていたいということ。ラジャやルンピニーのベルトを持っているから世界一じゃないんです。ムエタイの業界は「チャンピオン=1番」ではない。

タイにはたくさん強い選手がいて、お金の問題だったりで強くてもタイトルマッチができない選手もいる。じゃあ何が評価されるかというとファイトマネーなんですよ。

僕はチャンピオンではいたいけど、世界一の男になりたいので、このベルトを守りながら「ベルト」と「最強」をイコールにつなげたいと思ったんですよ。僕が王者をそういう存在にしたいって。

それで頑張ったつもりだったんですけど、12月と2月のKNOCK OUTの試合でなぜか僕の評価は落ちる。内容的にはマイナスの試合はしていないはずなのに。そこで疑問は生まれました。海外ではむしろ評価は上がっていたのに国内では下がっていた。

そして4月にはロートレックに負けた。そこで世界一の男ではなくなった。負けているのでこれは間違いないです。そして5月にはタイでベルトを失ってしまった。もう悪夢ですよ。一ヶ月でどちらの夢も駄目になってしまった。

しかもその2試合で眼窩底骨折、頬骨が折れ、鼻が折れ、胸骨が折れ、肋骨が折れ、鼓膜が破れて、上腕二頭筋断裂。ものが二重に見えるしフラつくし、まとも絞れない。だから辞めようと思ったんですよ。

格闘技をやっている人で、ある程度のレベルにいっている人は格闘技一本でやっている選手が多いんですよ。なので格闘技を辞めてしまうと収入源がなくなる。だからみんな弱くなっても生活するために格闘技を続けているんです。

みんな弱くなりながらも格闘技をやって、それで弱くなっているのは分かっているのに「俺が一番強い」とか「世界のトップを狙う」とか分かっているのに煽りVで言うんですよ。あれは本当にダサい。

僕は夢を追っている格闘家は大好きだし、本当に頑張っていて真摯に取り組んでいる奴は応援したいと思っている。でもダサいことはするなと思っているんですよ。

本音は自分が弱くなっているのは分かっているけど、他に学もないから生活の為にしがみついているんでしょうって。それが僕の中では一番ダサい。

でも僕は4月の試合で負けたときに腕に力も入らないし、物も二重に見えていた。でも5月はやらないといけなかった。やらずにみんなで掴んだ夢のベルトを返上したくなかったんですよ。

周りからは辞めろって止められました。ミットに向かってパンチをしろと言われても最初は当たらなかったんですよ。そしてロープを飛んでもフラつく。だから周りは無理だって言いましたけど、僕がやるって言ったら止まらないのが分かっていたのでやらせてくれました。

でも結果は負けて新たに3箇所を骨折してものが三重に見えるようになった。

僕は世界一の男というのを目指していて、ただカッコいい男になりたかった。それが収入源だからって弱くなっているのにスポンサーをつけてファイトマネーを貰うというのが嫌だったんですよ。あと悔しいというか、自分で自分の夢をバカにしているんじゃないかなって思ったんです。

本当に世界一になりたかったのに、4月と5月で一気に先が見えなくなって凄くショックでした。本当に真っ暗でした。僕を応援してくれている人たいは超本気なので中途半端な試合を見せたくないというのもありましたし。だからそんな状態で続けられないと、もう辞めるって周りにも言ったんですよ。

それで周りも頑張って続けて欲しいけど、考えての決断だから尊重はするといってくれて。でもその中でジムのオーナーが「ウメちゃんは弱くなってない。この2連敗は挑戦しての結果なんだ。今は体調も悪くて、たしかにこのままじゃ強くはなれないかもしれない。でも治る部分もあるだろうし、自分がウメちゃんにやれていないことをしてあげたい。じゃないと俺たちが後悔する。これだけ凄い選手がジムから現れてくれて幸せなんだ。」って言ってくれたんですよ。

そんなこと言ってくれるジムってないじゃないですか。それでまずは怪我の様子を見ようとなって。さらにタイからどんなトレーナーでも呼ぶし、そこにどれだけ経費がかかってもいいし、フィジカルのトレーナーでもつけると言ってくれたんですよ。

そこまでサポートしてくれるのなら嬉しいじゃないですか。そこで自分の可能性を周りで信じてくれている人がいるし、自分で自分の可能性を諦めるのは辞めようって思えるようになりました。状況は厳しいけど可能性を信じてやってみようって。

でもフィジカルトレーナーだったり、タイからのトレーナーは頼みませんでした。まずお金をかけさせてしまうのが嫌でしたし、後から来たトレーナーが来たら今までのタイのトレーナーは気持ちよくはないじゃないですか。僕はチャンピオンになったときに、梅野を強くしたのはフェニックスジムだし、そのトレーナーなんだって言ってもらいたいんですよ。

これで僕が色んなジムで練習していたり、色んなトレーナーに教わっていると、どこで強くなったのかわからないじゃないですか。それよりかは梅野を教えている先生が凄いんだなとか、フェニックスジムが凄いんだなって思ってもらえるほうが恩を返せると思うんです。

それでしばらく休んだら怪我もだいぶ回復したので、それでスアレック戦で復帰しました。スアレックは日本人選手に連勝してますし、良い相手でした。自分がまた最強を目指すのには良い判断材料になる相手でした。この選手に負けたらもう頂点を目指せないけど、勝てれば次につながる。スアレックにとっても、僕に勝利できれば国内で大きいところに出られるというお互いにメリットがあるカードだったんですよ。

ーースアレック戦は内容的には快勝となる判定勝利。そして次はルンピニーの現役ランカーから衝撃のヒジ打ちでKO勝利。これまで怪我に苦しんできた梅野選手が万全の状態で帰ってきたなというある種の感動もありました。

そうですね。怪我で苦しんだ時期もあったけど、また世界と戦えるくらいの強さが戻ってきた。万全でない部分もあるかもしれないけど、それを補えるだけ強くなっている部分もあると思う。

苦しんだ時期で離れていった格闘技の関係者もいるけど、その中でREBELSは良い待遇で自分の夢につながる試合を組んでくれた。だからその恩は返したいと思いますし。

ルンピニーをとって今度は知名度を上げる動きも必要になると思います。知名度には興味はないと言いましたけど、興味がないというよりはそこに迎合したくないだけなんです。

「知名度を上げるためにこれをやって」というよりは、夢を追うことを優先したいってことです。

僕は職人肌になりたい訳ではない。知名度の重要さもわかっています。どんなに美味しい飲食店だって10人にしか知られていなければ10人しかこない。

でも同じ味でも100万人に知られていれば、毎月10%しか来なかったとしても10万人が来るわけですよ。その時点で全然違う。

僕は格闘家として知名度を増していって、有名になってからREBELSに出て恩を返したいです。ファイトマネーとかは関係なく恩があるから。そのためにもまずは今回のルンピニーのタイトルを獲りたい。

ーー昨年の苦しさを乗り越えた後でルンピニーを獲る自信はありますか?

もちろんです。去年は色々とあったけど、今はそれが全部あって良かったと思っています。

ーー今回の試合は集大成ですか?

そうですね。ラジャダムダンとルンピニーを獲ることは間違いなくムエタイの頂点ですし、僕の夢そのものですよ。これからどんなタイトルを獲ったとしてもこれ以上に価値のあるものはない。

僕が世界一を目指して格闘技に打ち込んできたときの目標なので。

引退して「一番記憶に残っている試合は?」と聞かれたらラジャダムナンとルンピニーのタイトルマッチに確実になるであろう、自分の中で大きな試合です。

この試合はYoutubeとかで見ても絶対に全部は伝わらないと思います。辛いけど前に進んでいるんだというのを試合内容で見せるので、会場で観戦してくれる人には僕の表情であったり、そこから何か感じてくれることは間違いない。

なのでぜひこの試合は会場で見て欲しいです。

梅野源治によるルンピニー王座決定戦が行われる『REBELS.54』は2月18日(日)後楽園ホールにて開催される。型破りの強打を誇るクラップダムを下し、梅野は日本人初のルンピニー王者、そして世界初のラジャダムナン、ルンピニー、WBCムエタイの3冠を達成することができるのか。

格闘家人生の集大成となる一戦まで間もなくと迫っている。

クイール編集部 ◯文 text by Queel
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