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"イケてないキックボクサー"筆頭、ハチマキが語る現役最終章と復帰への思いとは。

2018/03/02 20:00

本サービス最後の記事として、キックボクサーのハチマキによるインタビューを掲載する。

ハチマキは『REBELSムエタイ』で2階級制覇を達成するなど、REBELSの看板選手として活躍してきたが、それ以上に個性的なのは自他共に認める「イケてないキックボクサー」であることだ。

幼稚園の時の将来の夢は本屋さん、小学生の頃はサラリーマンだったハチマキだが、人と接するのが苦手で、就職しないための親への言い訳としてプロのキックボクサーになったという珍しいバックグラウンドを持つ。

キックボクシングを始める前は「ただのオタク」だったというハチマキだが、今ではREBELSの看板選手として人気を博すまでに成長した。

しかしここ1年以上は体調面でしばらく試合から遠ざかっており、また当初掲げていたキックボクシングでの目標を達成したことから高いモチベーションを保つのが難しい状況にあったという。

そんな中でハチマキは新たな目標を見出して、現在は精力的に練習に取り組んでいる。インタビューではキックボクサー「ハチマキ」の誕生から、復帰戦への思いまで尋ねてみた。

キックボクサー「ハチマキ」の誕生と復帰への思い

ーーまず”ハチマキ”というリングネームの由来はなんでしょう?

うちのジムは会長の悪ふざけでリングネームを付けられるみたいな伝統があるんですよ。

今でこそ普通のリングネームが付けられるようになっていますが、一番最初の選手は「大蔵フェニックス1号」という名前だったりとか、会長が勝手に決めちゃう感じだったんですよ。

それで僕はデビュー戦だけハチマキというリングネームじゃなくて、「北川球児」と名乗っていました。坊主頭で見た目が高校球児っぽいみたいだとかいう理由で…。

その時はう〜んと思いつつも、「親には野球選手になって欲しいという思いで名付けられたのに、何故かキックボクシングをやっている」という設定で試合をしていましたね。

ーーよくわからないんですが…

親の望んだ道に全然進んでなくて、球児なのにキックボクシングやってるじゃん!みたいなのが面白いと(笑)。自分の中でキャラクターを作って試合をしていました。

それでデビュー戦の後にジムの先輩から『プラネテス』というアニメを薦められて、それに凄い感動したんですよ。そして、そのアニメの主人公が「ハチマキ」。

もともとハチマキを巻いて入場してくる選手に憧れもあったので、これはリングネームにするしかないなと改名しました。

ーーアニメから名前をとるくらいなのでハチマキ選手はアニメ好きなんですか?

アニメも平均よりは好きなんですが、むしろアニソンが大好きです。もともと音楽を聞く習慣はなかったので、流行りの音楽とかは聞かなかったんですけどアニソンだけは聞いていましたね。

ーーお気に入りのアニメソングはあったんですか?

特別これというのはなくてロボットアニメ系全般ですね。あとは90年代アニメの曲は、世代なのでどれも好きかもしれません。

ーーその流れでTwitterで延々とアピールされているKalafina(カラフィナ)ファンになったんですね。

そのきっかけは2007年でしたね。当時はボクシングも好きで深夜中継をVHSで録画していたんですよ。

それで内藤(大助)選手がポンサクレックに3度目の挑戦でタイトルを獲る試合を録画しようとしたとき、VHSなので時計がずれたりするので前後を長めに録画しておいたんです。

そしたらボクシングの前にガンダムシードの再放送が入っていて、ガンダムは好きだったのでついでに見ていたら、劇中に流れている曲に衝撃を受けました。

それがFictionJunction YUUKAの『暁の車』っていう曲なんですけど、それがカラフィナをプロデュースしている梶浦由記さんが作っている曲だったんですよ。

なんだこれは!と調べてレンタルショップに借りにいきました。

ーー元々はカラフィナじゃなかったんですね。

ライブに行くようになって知ったのですが、FictionJunctionはヴォーカルの2人がカラフィナと被っていて、カラフィナの方が活動が活発だったんですよ。しかも曲を提供しているのが同じく梶浦由記さん。じゃあカラフィナの方にも行かないといけないなってことになって。

そこからファンクラブに入って地方のライブや台湾公演に行ったりするくらい嵌まりました。

(ここから30分以上カラフィナの魅力を語る独演会が始まるが省略)

ーーカラフィナのライブに通うようになって変わったことはありますか?

僕はただのオタクみたいな感じで、ちょっと憧れて格闘技を始めたという感じだったので、試合でも負けるのが凄く怖いですし、緊張しちゃうことが多かったんです。

全然練習したことも出せないし試合が嫌だったんですけど、でもライブに行くようになって、自分もそうなんですけど周りのお客さんの顔を見てもいい大人が本当にキラキラした目で見てるんですよ。

その時に「こんな幸せな空間がこの世にあったんだ」って感じました。それで自分も同じようにチケットを買って試合を見に来て貰っている中で、僕は何をやっているんだろう、こんなんじゃ駄目だなって思うようになりましたね。

自分も少しでも見た人に何かを伝えたいというか、還元したいと思うようになりましたね。

ーー素晴らしい話ですね。アーティストのライブから格闘家としても学ぶことが大いにあったと。

特に梶浦さんは自分からしたら神様みたいな存在なんですけど、Wakana、Keiko、Hikaruがいて、年齢が「Wakana→Keiko→ハチマキ→Hikaru」みたいな。

ーー自分も入れちゃうんですね(笑)

これも鉄板ネタなんですけど(笑)。まあ、同世代の人がTDCを埋めて、今では武道館でもワンマンでライブをやってしまうみたいな。

ほぼ同い年と思われる彼女たちがこんなにやっているんだから、俺だって何か頑張りたいなという思いがありましたね。

ーーそういえば…ハチマキ選手は彼女がいたことがないというのは本当なんですか?

ここ31年くらいはいないですね(笑)。僕は嘘はつかないので。(※現在31才)

ーーキックボクサーはモテそうですけど…。

まあ、自分でも一つ思うのは行動力が足りてないですよね…。ホントにそういう機会もなくて。

元々自分はネガティブな人間だったんですけど、キックボクシングをやるにあたって段々物事を真向きに捉えるようにはしてきたんですよ。

でも、こと恋愛に関しては今もなお完全にネガティブですね。もう上手くいくイメージがないです。

ーー今までイイ感じになったこともないんですか?

まずイイ感じという感覚がわからないですね。それが分かるなら行けるかもしれないですけど。

ーー彼女がいないということはそういう経験もないということですか?

ないですね。プロフェッショナルな経験もないです。

付き合いたいとか結婚したいっていうのはありますけど、あまりそういう願望がないんですよね。

あとはイケてない部類に入っているのにプライドはかなり高くて、何で自分がお金払わなきゃいけないの?むしろ貰う方でしょ?って思ってしまうんですよね。

でも最近になってこのままじゃヤバイだろって思うようにはなってきましたね。体調面で試合に出られないこともあって、これは何かを変えるために行ったほうがいいんじゃないかなと思うようにもなってきました(笑)。

ーーそこは行ったほうがいいというより彼女を作ったほうがいいの方では?

そうなんですかね…まあ、今はちょっと揺れているところです。

でも一人の時間は減らしたくないし、今の生活にも満足しているので。

ーー好きな女の人のタイプはどうなんでしょう?

それも良く聞かれますね。一番は気の合う人、一緒にいてストレスが溜まらない人ですね。わざわざ付き合ったらストレスが溜まってしまいそうですし…。

「人生は面倒なことで成り立っているんだから、そこから逃げてちゃダメなんだよ」と言われて確かになとは思ったんですけど。

でも付き合ったことで僕にメリットってあるんですか?って考えてしまうんですよ。

ーーなるほど。そういえばハチマキ選手は一時期キャッチコピーが『童帝』だった時期もありますよね。

そうですね。ファンの方が『童帝』という呼び方をしてくれて、REBELSのトークショーでふざけて「童帝のハチマキです」って言ったらそうなりました。

ーーその前にはチェリーボーイキックみたいな感じのキャッチコピーも検討されたという話も聞いています。

ああ、それはREBELSより前の名古屋キックのころですね。その大会に出る時にプロモーターから「ハチマキ選手はどんな選手ですか?」って聞かれて、会長が「特に特徴のない選手です」みたいな感じで言っていて。

それで「あえて言うなら童貞ってことくらいしかないですけど、それは名古屋キック的には不味いですよね」って言ったらアリだってことで。

それで自分はそのインタビューの撮影で、好きだったPRIDEの五味選手の真似をして、「天下無双のチェリーボーイです」と言ってましたね(笑)。

ーー話は変わりますが、ハチマキ選手は変わったトレーニングをしているそうですね。

トレーニングというかREBELSで初めてタイトルマッチをやる直前に、何か自分の中で壁を壊したくて特別なチャンレンジをしたいなと思ったんですよ。

それで考えたのが遠くまで走ることですね。どれくらいがいいかなと考えた時にテレビの企画でもやっていますし、100kmくらいなら頑張ればいいだろうと思ったんですよ。

それで調べたら"秋葉原〜熱海"が106kmくらいだったのでちょうど良い、熱海は温泉もあるし走りきったら温泉に入ろうって。

そして実際にやったら最初の方は凄く調子が良かったんですよね。設定タイムは14時間くらいを予定して、後半に落ちてもこれくらいならいけるだろうなと思っていて。

実際に前半はそれよりも早いペースで走れて「これだとチェックインより全然早く着いちゃうよ」って余裕だったんですよ。

でも70kmくらいから足が重くなってきて、「あれ?これはおかしい」と。さらにしばらく走っているとそれが半端じゃない痛みになってきて。走ろうとすると足が破裂するような痛みで、もう残りの30kmはほぼ歩きましたね。

ーー試合前ですし、電車に乗ることは考えなかったんですか?

そうですね。それこそ残り何キロかで熱海にいく電車の駅の横を通ったんですよ。

もう電車乗っちゃえば10分くらいで着くんですけど、距離はまだ10kmくらいあってこのまま歩くと2時間くらいはかかりますしね。

もうここまで90km以上走ったんだからもういいじゃん、という感じでその時は流石に揺れましたね。でも誰が見てなくても自分にはわかるので、それこそ諦めたらタイトルマッチに勝てないなと思って、自分との勝負でしたね。

本当は意味がないのはわかっているんですよ。キックボクシングのパフォーマンスとは何の関係もないですし。

でもその関係ないことで辛いんですよ。関係あることだったらみんな頑張れるじゃないですか。でも関係ないことでも頑張れたらより精神力が鍛えられるんじゃないかなっていうことで最後までやりきりましたね。

ーーその時の達成感というのはどうでしたか?

ありましたね。でも熱海に着いた時はホテルのチェックイン時間に遅れていて、電話したら結構なキレ気味で「早くしないとご飯とか出せませんよ」って言われて…。

しかも最後は携帯のバッテリーも切れてしまってテンパってもいたので、まずはホテルに着いた受付の人が温かく迎えてくれたことに対しての安堵感のほうが大きかったですね。

それで温泉入るかってなったんですけど、股擦れがひどくて、温泉の塩分が濃いところだったので痛すぎて一分も入れなかったですね。水シャワーでアイシングだけして帰りの電車に乗りましたよ。

ーーせっかく熱海まで行ったのに残念ですね…。

でも結果論ですけど、それでタイトルも獲れたし良かったです。

実はその100km走ったすぐ後にマグナム酒井さんという先輩に「頭おかしいヤツしかチャンピオンになれないから」って言って貰えたんです。

僕は凄く自分のことを凡人だと思っているので、だから常識外れのことをやりたいと思っていたんですよ。せめて精神的な面だけでも常識を壊したいなと。

ーー確かに試合の1ヶ月前に100kmを走ろうなんて常人では考えつかないです。

まあ、自分でそうやって人生を面白くしたいって思いですよ。こうやって話すネタにもなるし、ネタ作りかもしれないですね。

飲み会の席のネタで消費されて終わりでも、それはそれでいいんですよね。そういうネタを人生で増やしていけたらいいかなって。

ーーところでハチマキ選手はしばらく試合から遠ざかっていますが、ここまでキャリアが空いたのは始めてですか?

1年以上試合から遠ざかっているので過去最長ですね。体調面で良くならず、復帰がいつになるのかはわからない状態でした。

最初はここまで長引くとも思っていなかったですし、治ったらやりたいと思っている中での繰り返しだったので、メンタル的にも結構な浮き沈みがありました。

最初にプロになろうと思ったときにベルトは獲ると決めていて、それはREBELSで2回獲ることができました。

そしてもう一つの夢としてカラフィナに試合を見てほしいというものがあったのですが、2年前にそれも叶えることができました。

だから自分の夢はもう叶っていて、周りからもこれからどうするんだって心配されたんですよ。

でも自分が憧れている人たちに認めて貰えて、だからこそ自分ももっと応援してもらえるような人間になれるよう頑張らなきゃいけないなって思っていたんですよ。

KNOCK OUTだったりK-1だったりとちょうど立ち技格闘技が盛り上がりを見せている中で、自分がこういう状況になってしまったのは歯がゆい部分はあります。

試合をしたいというモチベーションは今もあって、それはまた試合が見たいと言ってくれる人がいるからです。

どちらかと言うと自分がライブを見て感動したように、見てくれた人に何かを与えられたらとかは思うし、それが多くの人に触れるものであればなお良いですね。

ーーファンに見て欲しいというのがモチベーションに変わってるんですね。

ファンのことを考えるようになったのはカラフィナのライブを見に行くようになったころくらいからですね。

まあ、それも自分の欲望ですよね。見て貰ってどう思ってほしいかっていうのも自分の欲望だし。

今すぐ健康になってできますよって言われたらすぐやるんですけど。でも年齢のことを考えて別の事をやってみたいなという気持ちもあるんですよ。

もともと僕は人と接することが嫌いだったので、就職をしたくなかったんですよ。だから就職をしないためにプロになったので。格闘技が好きで憧れはあったので、最初は空手でも何でも良かったんですよ。

あとは就職しないという、親への言い訳ですね。食っていけなくても「プロ」という名前があれば就職しなくても許されるかな、という。

でも今はだんだん人と接することも好きになって、今は仕事もしてみたいなという気持ちもあるんですよ。具体的に何かって言うのはないものの。何かやりたいことができたら選手を辞めてもいいかなとも思っています。

ーーその中で今後の復帰についてはどう考えていますか?

まあケジメとして一試合はやりたいとは思っています。

見たいと思ってくれている人もいるし、選手として人前で試合をして応援してもらえるっていうのは人生でないじゃないですか。

辞めてしまったら、これから一生ない。ジムの会長に話を聞いてもみんなどこかしら悔いはあるだろうし、どんな状況で辞めてもみんな悔いが残ると思う。

そういうのを考えるとまだ絶対に無理という状況ではないので、また試合をしたいというのはありますね。

ーーもしもう一試合しかできないとするとどのリングに上がることになるのでしょうか?

REBELSしかないかなと思っています。色んな団体に出てきましたけど、定期的に出ていたのもREBELSですし、チャンピオンになったのもREBELS。

凄く揺れていて、頑張ろうって思ってたのに無理になったり、ほんと浮き沈みが激しくて。俺の心ってこんなに脆かったんだって思わされる1年でした。

でもやっぱり試合はしたいですね。カムバックできるように最後まで頑張ります。

ハチマキ、プロフィール

1986年6月19日生まれ、31歳。

梅野源治らが在籍する『PHOENIX』に所属し、REBELSの看板選手の一人として活躍。REBELS-MUAYTHAIライト級王座、スーパーライト級王座を獲得した。

REBELSの代表選手かつ「イケてない格闘家グループ」である『IKG』に日菜太、町田光と共に加入し、IKGファンクラブが発足され、実際にファンイベントも開催されている。

2016年11月に現在KNOCK OUTで活躍する不可思と対戦したのを最後に試合から遠ざかっているが、現役生活の最終章として復帰戦を行うべく精力的にトレーニングに励んでいる。

クイール編集部 ◯文 text by Queel
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