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PRIDE入場時に大火傷を負ったジョイユ・デ・オリベイラが、PRIDEからの補償、消火器パフォーマンス、そしてRIZINへの参戦希望を語る

2017/05/08 17:09

PRIDE.9に出場したものの入場時の人為的ミスにより大火傷を負ってしまったことで知られるジョイユ・デ・オリベイラ。その後のPRIDEによる補償内容や、沈みゆくキャリアでの苦闘、そしてRIZINへの参戦希望について語っています。

ジョイユ・デ・オリベイラについて

ジョイユ・デ・オリベイラという名前だけを聞いて、すぐにピンと来る方はもはやそう多くないかもしれませんが、「PRIDE.9の入場時に大火傷を負ってしまった選手」と聞けば思い出す人が多いかもしれません。

オリベイラはブラジルのMMAファイターで、2000年6月のPRIDE.9に初参戦。後にGSPを破ることになるマット・セラと対戦するはずでしたが、入場時の演出事故により大火傷を負ってしまい、急遽試合が中止されるアクシデントが発生しました。

後に消火器を持ちながら入場してくるパフォーマンスから「炎のサムライ」とも呼ばれ親しまれましたが、復帰から3連敗を喫したことでPRIDEで再び戦うことはありませんでした。

そのオリベイラがアメリカメディアのインタビューに応じ、PRIDEでの入場騒動について、また消火器パフォーマンスを行うようになった経緯、RIZINへの参戦希望について語っているので、翻訳しながら紹介していきます。

インタビュー内容はこちら

PRIDE入場時に火傷を負ったことについて

PRIDE.9は2000年6月に名古屋レインボーホールで開催されました。

この大会にはビクトー・ベウフォート、イゴール・ボブチャンチン、ヒース・ヒーリングといった今となってはレジェンド外国人選手が出場しており、ジョイユ・デ・オリベイラは第1試合でマット・セラと対戦する予定でした。(以下はPRIDE.9の詳細が書かれたwikipediaのリンク)

しかし火薬を使った演出において人為的ミスがあり、オリベイラは全身に火傷を負ってしまったのですが、当時のことをこのように語っています。

トップステージに立って、観衆をぬってリングに向かって歩いていたときのことだ。

ステージには火薬を使った演出のために6つの火炎放射器が置かれていた。演出が火炎放射器を起動させるためにボタンを押した時、私はその近くにいたために、体の70%も焼かれてしまったんだ。

私が焼かれてしまった様子はテレビで生中継されていた。

私は戦うことに慣れていて、ナーバスになったり緊張したりせず、アドレナリンが出ていなかった。そうやって試合に臨もうとしたので、その痛みは耐え難いものだった。

ヒカルド・リボーリオが私を真っ先に助けてくれて、皮膚がどんな状態になっているのかを見たそうだ。その時には剥がれ落ちていて、まだ火が残っていた。それは本当に酷い状態だったんだ。

病院に駆け込んで麻酔を打たれるまで、人生において最も辛い時間だった。これより過酷な経験をしたことはこれまでにないね。

オリベイラを救出したリボーリオが語る

続いてオリベイラを真っ先に救出したヒカルド・リボーリオはこのように語っています。

きっと火薬の演出にミスがあったのだと思う。ジョイユが火炎放射器の前に立っていて、試合へ向かおうとした時に、火が彼を包んでしまったんだ。

私は彼の元へ駆け寄った最初の一人で、ヘンゾやマーク・ケアーと共にいた。私が思うに、日本のスタッフは何が起きているのかを理解していなくて、ドクターが来るまでには長い時間がかかっていた。

彼らはそれが現実であることを認識していなかった。ジョイユは立って引き下がろうとしたが、ドクターが来るまで動かないように静止した。それは酷いアクシデントだったからね。

PRIDEからの補償について

オリベイラと対戦する予定だったマット・セラは、その後PRIDEに呼ばれることはありませんでしたが、後にUFCでジョルジュ・サン・ピエールをKOし、ウェルター級王者になるなど輝かしいキャリアを送りました。

対照的にオリベイラはPRIDEでの事故以降、8連敗を喫するなどキャリアの憂き目にあってしまいます。その時の補償内容について内情を語っています。

日本に戻ってきた時、たくさんのレポーターが空港にいたが、彼らは私のことを心配していたわけではなかった。彼らが本当に知りたいのは、PRIDEがいくら私に補償をしたのかということだった。

彼らはPRIDEが長きに渡って補償をしてくれると思っていた。誰もが私にいくらもらったのかと聞いてきた。

皆はPRIDEが私に100万ドルか200万ドル(約1億1200万円~2億2400万円)を支払ったと思っていた。

しかし実際には彼らは7万ドル(約780万円)しか支払ってくれなかった。かなりぼったくられたんだ。

7万ドルは当時の私にとっては大金だったが、本来得られるよりも少ないものだった。

多くの人が私にPRIDEを訴えれば、もっと裕福になれて今後戦う必要はなくなると言ってきた。しかし私は彼らをリスペクトしていたからそのようなことはしたくなかった。

お金のことを言えば、確かに訴えなかったことに後悔はしている。ただ私はPRIDEや日本を愛していた。私は本当にあそこで戦いたかったんだ。彼らは私たちをアイドルのように扱ってくれるし、それはブラジルでは起こり得ないことだ。

ただ金銭的な意味で、私は彼らを訴えていればもっと良い生活を送れていただろうな、と後悔はしている。

その後の契約について

その後、大規模なイベントで火薬を使った演出を見ると動揺するようになってしまった。

4試合か5試合をこなすまで、私はコーチにリングまで押してもらわなければ、リングに向かうことができなかったんだ。

オリベイラはこの事故のあとわずか6ヶ月でPRIDEに復帰していますが、それは賢明な判断ではなかったかもしれないとしながらも、マネージャーやトレーナーにPRIDEで戦わなければ日本でのキャリアが終わってしまうとアドバイスを受けたことを明かしています。

PRIDEは3試合のイージーな相手と、良いファイトマネーによる契約をもちかけてきたんだ。補償に加えた報酬だということでね。

ちなみにオリベイラはこの時、基本給3万ドル(約340万円)と1万5000ドルの勝利ボーナスをもらうことになっていたとのこと。

私はこれまで簡単な試合を望んだことはない。

ただ彼らは私が復帰しようとした時に、イージーな試合をしてお金を得て欲しいと言ってきた。そして私は新たに契約を交わしたのだが、彼らは私をダメにしようとしていたようにも見える。

彼らは私の最初の復帰戦にカーロス・ニュートンとの試合を用意したが、彼らはそれを「イージーファイト」だと言うんだ。(※試合はオリベイラの判定負け)

その後私はニーノ・"エルビス"・シェンブリと対戦したが、彼は当時世界で最も優れたグラップラーだった。そしてその後、高瀬大樹と対戦したが、彼は後にアンデウソン・シウバから一本勝ちを奪った選手だ。

これらの試合をこなしたのはミスだった。マネージャーもこれを受け入れてはいなかった。

「炎のサムライ」誕生秘話

オリベイラといえば消火器を持ちながら入場してくるパフォーマンスが有名ですが、このような経緯で実現したとのことです。

通路に消火器があったのを見つけて、また燃やされた時のためにこれを持っていけば、一人で炎に対処できるのではないかと考えたんだ。(笑みを浮かべながら)

日本のスタッフはそんなことはできないと言ってきた。ただ私は消火器を持っていかなければ、リングに向かわないと返したんだ。

それは大成功だったね。日本での私のニックネームは「炎のサムライ」になった。恐ろしい経験だったれど、考えれてみればクールじゃないかと思ったんだ。

目が見えない状態で戦っていた?

PRIDEでの復帰戦に際して、オリベイラは車の事故でほとんど視力を失っていたとのこと。対戦相手のニーノ・"エルビス"・シェンブリはトップレベルの柔術家で、MMAデビュー戦でした。

私はシェンブリと戦った時、視力を失っていたんだ。

試合の前にトレーニングをすることはできなかった。ただマネージャーやコーチがもし戦わなければPRIDEからリリースされてしまうと言っていたので、試合をしないわけにはいかなかった。試合後には、角膜の移植手術を受けるほどだったよ。

ちなみにオリベイラは左目に3度の白内障手術、最近には右目の白内障手術を受けたとのこと。

RIZINへの参戦希望を語る

オリベイラは最後の試合から5年が経過しており、現在47歳ですがまだ引退はしていません。2014年にジョルジュ・"マカコ"・パチーノと対戦するはずが、プロモーターがファイトマネーを払えずに試合が流れたという経緯があります。

RIZINが私にオファーを出しても、何ら不思議ではない。

RIZINは随分試合をしていない選手とも契約しているが、どうして私に試合をさせてくれないんだ?私は誰であっても、目が見えない状態であっても試合をしてきた。

PRIDEが私に適切な対応をしていれば、私はPRIDEでもっと良い試合をすることができた。彼らの間違った対応で、PRIDEでチャンスを掴むことができなかった。

本音を言えば、彼らは私のキャリアを傷つけたと思う。RIZINとして戻ってきたとき、彼らは過去の過ちを正すために私を呼ぶこともできたが、これまで契約することはなかった。彼らは私に借りがあると思うんだ。

最後に47歳となっても現役を続けていることについて、次のように語っています。

私は寛大な心を持っているが、人々にリスペクトされることはなかった。しかしMMAは今では別のものとなった。

47才となったが、まだまだ戦うことはできる。年齢なんてただの数字だからね。

果たして「炎のサムライ」ジョイユ・デ・オリベイラは、RIZINに参戦し、2000年以来の無念を晴らすことはあるのでしょうか。

クイール編集部 ◯文 text by Queel
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