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谷川イズムを継ぐインドの毒蛇!ブラックマンバが9年ぶりに日本に帰ってくる!

2017/07/09 17:47

谷川貞治が送る全く新しい格闘技の舞台「巌流島」。その巌流島にあのブラックマンバが参戦することになりました。それなりに実力者でありながら、一際色物感を放っていたことで印象深いこの選手ですが、日本での試合は実に9年ぶりとなります。

あの"インドの毒蛇"ブラックマンバが帰ってくる!

かつてK-1でプロデューサーを務めた谷川貞治氏が送る「巌流島」。

円形の闘技場が舞台となり、場外に3度落とすと一本勝利となるなど、これまでの格闘技とは一線を画する全く新しい舞台として注目を集めています。

そんな巌流島の9月大会の対戦カードが発表され、その中にはなんとあのブラックマンバが含まれていました。

(出典: https://ganryujima.jp/?grjm_events=%E5%B7%8C%E6%B5%81%E5%B3%B6-adauchi%E3%80%802017-in-maihama)

ブラックマンバと言えば、かつてK-1 MAXやHEROSで活躍した中量級の選手で、真面目路線を貫いていたK-1 MAXの中でも一際色物感を放っていた選手として知られています。

またそれでいて特に期待されていない時に限って強豪選手から善戦したりと、単なる色者ではない実力派でもあります。

ブラックマンバは総合と立ち技二足のわらじを履いていた選手ですが、2008年のK-1 MAXでブアカーオに敗れて以来、日本のリングからは遠ざかっていました。この記事ではブラックマンバのこれまでの活躍、日本から離れていた間の活動について紹介します。

ブラックマンバとは?

ブラックマンバはインド系のカナダ人で、本名はカルター・ギルといいます。日本以外の舞台では本名のカルター・ギルで戦っており、ニックネームのような扱いなのかもしれません。

日本ではニックネームが"インドの毒蛇"となっていましたが、実は本物のブラックマンバは毒蛇ではあるものの、インドとは関係がなくアフリカに生息しています。

TBSのスタッフがつけたであろうキャッチフレーズによってインドに生息する蛇と思っていた方も多いのではないでしょうか?

A post shared by Jun Suzuki (@0204.jun.0618) on

ちなみにブラックマンバというと、NBAの超スーパースターであるコービー・ブライアントが「ブラックマンバ」を愛称としています。

そのコービー・ブライアントの「コービー」とは、父親のお気に入りのステーキ店「神戸ステーキハウス」の神戸から取っていたりもしますが、もはやこのブラックマンバとは何も関係がなくなってしまうのでここまでにしておきましょう。

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HERO'Sのトライアウトから契約を勝ち取った

ブラックマンバが初来日したのは2005年7月の修斗で、この時には杉江"アマゾン"大輔とのアマゾン対決に敗れています。

その翌月にラスベガスで開催されたHERO'Sのトライアウトにて、(記憶では)レイ・セフォーらが審査員を務めた中、持ち前の打撃スキルが評価されて見事契約を勝ち取っています。

そしてその2ヶ月後にはK-1 MAXでデビューし、HAYATOと対戦して敗れるなど激動の3ヶ月を送ることになりました。

ちなみに当時のHAYATOはK-1から将来性を期待されていながら、勝ちが中々拾えずにいた中、このブラックマンバからの勝利を皮切りに才能を開花させるのですが、この時のブラックマンバの印象としてはどこから連れてこられたのか謎なインド人選手というものでした。

所英男から2度のKO勝利

HERO'Sの設立2年目にあたる2006年からは主戦場をHERO'Sへと移します。

当時スターダムにのし上がろうとしていた所英男から右の膝蹴り一閃でKO勝利を奪い、一躍ダークホースとなりつつ、「所を倒しちゃったよ…」というやっちゃった感も同時に演出することになりました。

その後は、宇野薫、宮田和幸に敗れてそれほど実力があるわけではないことを露呈しながらも、再びの所英男戦では体格差もあってグラウンドでコントロールしてKO勝利を収めています。

2回戦では昨年に引き続き宇野と対戦する予定でしたが、練習中の怪我によって欠場し、この試合が最後のHERO'Sの試合となっています。

DREAM激動の1年目の立役者?

2008年からはHERO'Sが吸収される形で旗揚げされたDREAMに契約を移し、初年度に開催されたライト級グランプリに参戦します。

旗揚げ戦では青木真也や川尻達也といったPRIDE武士道の選手が日の目を浴びる舞台と見られており、ブラックマンバは目下売り出し中の川尻達也と対戦。誰もが川尻の圧勝を予想していた中、ブラックマンバが予想以上の健闘を見せ、あわや勝っていたのではというほどの僅差の判定負けを喫しています。

ちなみにこのブラックマンバ戦は川尻にとってもキャリアのハイライトでもあるらしく、インタビューで次のように語っています。

――DREAMの初っ端というと……DREAM1のブラックマンバ戦のことですか?

そうです。勝ちはましたけど、誰も得しないような試合内容になってしまったんで。だからRIZINの一発目で、つまんない試合ができないなって。

それくらいボクにとってブラックマンバ戦は大きなトラウマだし。『戦極』との対抗戦の横田一則戦や大晦日のジョシュ・トムソン戦とか、しんどい試合をして価値のある白星を作ってきたつもりだけど、地上波でもカットだったし、まったく外に響かなかった。

(出典: http://www.ningenfusha.com/?eid=461)

その後はリザーブファイトに出場し、そこではヨアキム・ハンセンからあっさり腕ひしぎで敗れてしまうのですが、そこで体力を温存したハンセンがリザーブから敗者復活を果たし、決勝で青木真也をKOして王者となっています。

言わばブラックマンバはハンセンのアシストを果たしたような形で、DREAM初年度の激動の立役者でもありました。

ブアカーオとの試合が日本でのラストファイト

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ハンセンの試合から2ヶ月半後に今度はK-1 MAXに参戦して、佐藤嘉洋にKOされて再起戦に臨むブアカーオとまたもリザーブファイトに出場します。

この試合はさすがに実力差が大きく、ブアカーオの前に為す術なく2度のダウンを奪われてKOされるのですが、なぜか敗戦後にコーナーポストに登ってアピールしたり、ブアカーオを強引に抱え上げたりして、引きつった表情をさせていました。

この試合が日本での最後の試合となっているのですが、もしかしたら契約が切れるからということで最後にハシャいで終わりたかったのかもしれません。

島田裕二レフェリーの下、インドで2試合をこなす

こうして2008年を最後に日本のリングから姿を消したブラックマンバですが、その後は自身のルーツであるインドのMMAイベント「SFL」にて2度試合をこなして、どちらも1RKO勝利を収めています。(2試合とも2012年なので実に4年ものブランクがあったことになります。)

この試合の模様はYouTubeにアップロードされているのですが、何とレフェリーはあの島田裕二が務めています。

しかも2戦とも島田裕二が試合を裁き、島田レフェリー自ら試合をストップさせているのが印象的です。

現在はジムのオーナーを務める

2012年を最後に試合から遠ざかっており、現在は地元カナダで「マンバ・マーシャル・アーツ・アカデミー」というMMAジムの代表を務めているようです。

現在は38才となり年齢相応に老け込んでいる印象はありますが、トレードマークの髭は昔と変わりません。

対戦相手はカマキリ拳法の使い手!

そして実に9年ぶりに日本に帰ってくるブラックマンバですが、対戦相手もまた一癖も二癖もあり、カマキリ拳法の使い手である瀬戸信介と試合をすることになります。

蟷螂拳(とうろうけん)というカマキリの形を模した手形が特徴的な中国武術のことで、これまで瀬戸は巌流島で2勝をあげてカマキリ拳法の強さを証明してきました。

今回は「カマキリvsブラックマンバ」によるアマゾン対決とまさに巌流島にしかできない色物感漂う素晴らしいマッチメークとなっています。

ブラックマンバは日本には9年ぶり、格闘技の試合も5年ぶりと長いブランクを明けて、更に巌流島という新しい舞台でどのような戦いを見せてくれるのか注目の一戦です。

ファンの反応

決して万人受けするタイプの選手ではなかったものの、裏街道から表街道をかき乱した印象深い選手というだけあって、ブラックマンバの参戦には「待ってました」とばかりに一部の格闘技ファンが喜びの声を上げています。

クイール編集部 ◯文 text by Queel
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