Queel
×
サイト内を検索する
  • ボクシング
  • コラム

ゲンナジー・ゴロフキンのキャリアを紹介。カネロとの対戦はスターダムにのし上がる最初で最後の挑戦に。

2017/09/13 13:47

Photo by Flickr / CC BY-SA 2.0

いよいよ9月17日にサウル・アルバレスとの大一番に臨むゲンナジー・ゴロフキン。世界最高峰の実力がありながらスターダムにのし上がれなかったゴロフキンにとってアルバレス戦は最初で最後のビッグチャンスとなっています。

「ゴロフキンvsカネロ」の一戦に向けて

日本時間9月17日にボクシングのビッグマッチ「ゲンナジー・ゴロフキンvsサウル・アルバレス」が行われます。

この試合はゴロフキンの保持するWBC・IBF世界ミドル級王座およびWBAスーパー王座のベルトがかけられた一戦であり、2010年以降のボクシングシーンにおいても最高の試合と称されるなど、世界的に非常に注目度の高い一戦となっています。

日本で生中継を行うWOWOWのエキサイトマッチでも「メイウェザーvsパッキャオに匹敵する試合」として売り出し中で、今ではボクシングファン以外の方でもこの一戦が注目されていることは耳にしたことはあるかもしれません。

しかし一方でゴロフキン、カネロともに世界トップレベルであることは知られていても、メイウェザーやパッキャオのように一挙手一投足が日本で報じられるわけではなく、特にキャリアやパーソナリティの部分が知られていないため、日本ではボクシングファン以外にはなかなか関心が広がっていないのが現状です。

そこで日曜日に行なわれる試合に向けて、連日この一戦の特集記事を掲載し、普段あまりボクシングを見ないという方も含めて楽しんでいただけるよう情報を発信していきます。

"中量級最強" ゲンナジー・ゴロフキン

ゲンナジー・ゴロフキンの名前は、とりわけ村田諒太がプロに転向後、世界王座を目指すようになってからメディアでも目にすることが増えています。

まさに村田の階級であるミドル級で絶対的な強さを誇り、同階級で歴代2位となる17度の防衛を誇る王者です。

チャーミングな笑顔が印象的なのとは裏腹に、リング上では桁違いの圧力とハードパンチを武器に世界戦で17連続KOという離れ業を成し遂げています。

ミドル級では「ゴロフキン1強」と長らく呼ばれており、リング誌が定めるパウンド・フォー・パウンドのランキングでは現在2位につけるなど、全階級を通じても最強との呼び声が高くなっています。

旧ソ連のカザフスタンをルーツに持ち、旧ソ連系を思わせるような力強さをベースに、しなやかで軽快な動作を併せ持ち、当初はファイター寄りだったのが、キャリアを積むにつれてアウトボクシングも身につけ、まさしく完全無欠の王者へと成長。

しかし商業性がつきまとうプロボクシングの舞台では、ただ強いだけで人気が沸騰するものではなく、ゴロフキンは自身の名声を上げるためにこれまでに幾度もの挑戦を経て現在の地位を築いています。それでもまだトップスターといえるほどの人気は獲得できておらず、実力の割に商業的には成功できていないというイメージは拭えていません。

それが故にゴロフキンにとってはスーパースターであるサウス・アルバレスとの対戦は重要な意味を持ち、最初で最後の大一番とも言える試合になるのです。

ゴロフキンの過酷な生い立ち

ゴロフキンと言えばニックネームの一つに「Good Boy」と付けられており、リング外では優しい笑顔を見せていますが、その生い立ちは過酷なものがあったようです。

カザフ・ソビエト社会主義共和国にて、ゴロフキンはロシア人の父親と高麗人の母親の下で双子として生を受けて、4人兄弟の末っ子として育ちます。

1981年に生まれ、9才の頃からボクシングを初めていますが、ほどなくして1990年に二人の兄であるバディムとセルゲイがソビエトの軍隊に入っています。翌年にソ連が崩壊するように情勢が不安定なこともあってか、その年にバディムが亡くなったとの報せが入ります。ただし政府が公式に発表することもなく、遺体がないまま葬式を行った時のことをゴロフキンは鮮明に覚えているそうです。

さらに4年後の1994年に、もう一人の兄であるセルゲイが亡くなったことが分かり、この時には家族がズタズタに引き裂かれるほどの深い悲しみに陥ったそうです。

ゴロフキンはこの時のことを「本当に本当に辛い出来事だった」と後に語っており、プライベートの笑顔からは想像もつかないほど、試合での気の強さを見せるゴロフキンのルーツはこの過酷な幼少期にあるのかもしれません。

アマチュアボクシングでは国際的に活躍

母国であるカザフスタンはアマチュアボクシング大国ということもあり、ゴロフキンもまたアマチュアボクシングで活躍。

2003年に世界選手権優勝、2004年にアジア選手権優勝および、アテネオリンピックで銀メダルを獲得しています。戦績は350戦345勝5敗という説があるものの、国際大会の敗戦数だけで5敗以上となっているので信憑性は薄いとされています。

現在のゴロフキンの活躍からするに五輪でも金メダルを獲得しているのが当然のように思われるかもしれませんが、アマチュア時代のゴロフキンはインファイトから相手を文字通り倒しに行くスタイルで、当時のルールではアマチュア向きでなかったことが要因でしょう。

象徴的なシーンとしては、後のIBF世界スーパーミドル級王者である、ルシアン・ブーテをアマチュア時代に右フック一閃でKOしている試合です。

ゴロフキンのアマチュア時代は、ハードヒット重視となったルール改定以前で、タッチボクシングがよく見られた時期にも関わらず、典型的なインファイターとして活躍していたのが印象的です。

アテネ五輪の決勝ではロシアのガイダルベク・ガイダルベコフという早口言葉のような選手から敗れており、この時にはガイダルベコフがヒット&クリンチで逃げ切ったという試合内容になっています。

後にゴロフキンはプロでアウトボクシングを身に着けますが、当時のゴロフキンはルール改定前ということもあってプロ向きの選手であったことは間違いないでしょう。

ドイツで活躍するも不遇の時代を過ごす

プロ転向後のゴロフキンは地元を離れて、ドイツの有力プロモーター「ユニベルスム・ボックス・プロモーション」と契約し、ドイツを主戦場にキャリアを始めています。

プロデビューから4年で19試合とハイペースで試合を重ね、ミドル級で順調にランキングをあげていきますが、ゴロフキンはプロモーションから売り出されることがなく、それを不服としたゴロフキンの申し入れにより契約を解除しています。

カネロ戦の実現が至った経緯もそうであるように、ゴロフキンの魅力の一つとしては上昇志向が強く、世界的なスター選手になりたいという出世欲の強さにあります。

欧州では強さを発揮しながらも冷遇されたことを受けて、世界各地で試合をする機会を求めてクリチコ兄弟が設立した「K2プロモーション」に移籍。これによってカリフォルニアに拠点に移し、主戦場もドイツからやがてアメリカへと移ることになります。

ドイツではなぜ人気を獲得できなかったのかといえば、やはりカザフスタンから来たということでファンのベースが当初から存在せず、プロモーターとしても売り出しにくかったことが原因なのかもしれません。

ちなみにゴロフキンは母国語であるロシア語・カザフ語に加えて、ドイツではドイツ語を、アメリカでは英語を習得して4ヶ国語を話せる「クァドリンガル」です。

HBOの顔としてアメリカでの支持を高める

前プロモーションと契約を解除したからといって、すぐにアメリカで人気を獲得できたわけではありません。

当初はパナマやウクライナ、また母国のカザフスタンでの試合を挟んで、2012年9月にようやく大手放送局のHBOと契約してアメリカで試合をこなすようになっています。

ちなみにゴロフキンは2度日本人と対戦しており、1度目は佐藤幸治からタイトルを奪った淵上誠、2度目は日本人中量級エースだった石田順裕です。時系列的に言うと淵上戦はアメリカ上陸前、石田戦は上陸後になりますが、この石田戦はポーランドで行われていてHBOでの中継はされていません。

試合内容は淵上戦では全く寄せ付けずに3RKO勝利。石田順裕はそれと比べると十分渡り合いましたが、同じく3Rにゴロフキンがロープ外に吹き飛ばす豪快なKO勝利を収めています。

またK2プロモーションへの移籍と共にトレーナーもアベル・サンチェスに変更されており、新トレーナーの下で元の倒し屋としての強さはそのままに、アウトボクシングの精度を目覚ましく向上させて、ミドル級では敵なしの強さを誇るようになりました。

HBOとの関係も良好で、2012年に初の試合を行ってから2014年に契約を更新しており、それからはHBOの顔としてプッシュされる存在に。

ゴロフキンは中量級最強としての地位を築くと、 同時期に軽量級最強として君臨していたローマン・ゴンサレスと共に、ダブルメーンという立場で両者揃ってアメリカでの人気を獲得しています。

また2015年にはIBF世界ミドル級王者であるデイビッド・レミューとの王座統一戦を行い、この試合はゴロフキンにとって初のPPV中継に。マディソン・スクエア・ガーデンが満員となるなど大盛り上がりの試合でしたが、PPV販売数は当初の予測を下回る15万件に終わっています。

ケル・ブルックとの階級を超えた戦い

またゴロフキンにとって直近で最も印象的なのは、2016年9月10日に行われたケル・ブルック戦でしょう。

ケル・ブルックはイギリスの人気選手で、当時ウェルター現役最強と称されていましたが、最も驚かれたのはブルックが一気に2階級を上げてミドル級のゴロフキンに挑戦したという、無謀な挑戦であったことです。

「まさかこの二人が対戦するとは」と良くも悪くもサプライズとなった対戦ですが、WBAは安全性の問題があるとしてタイトルマッチとして承認しないなど、曰く付きの対戦となっています。

コアなファンからは白い目で見られながらも、階級を超えたビッグファイトということで大盛り上がりとなり、試合はやはり階級差もあってゴロフキンが5RTKO勝利。(ただし不可解なタイミングでのタオル投入で、地元のブルックが敗れたことで試合後は静まり返ることに)

なおこの試合でゴロフキンは世界記録タイとなる世界戦での17連続KOを達成しています。

ジェイコブスとの対戦は苦戦を強いられる

ケル・ブルックとの試合を終えたゴロフキンは、今年3月にWBA・WBC・IBF世界ミドル級王座統一戦としてダニエル・ジェイコブスと対戦。

この試合はカネロ戦を控えるゴロフキンの直近の試合にあたりますが、思わぬ苦戦を強いられています。

序盤から中盤まではゴロフキンが優勢に試合を進めるも、それ以降は失速し、ジェイコブスの連打でポイントを奪われるなど競った内容に。結局序盤のリードによって僅差の判定で勝利をモノにしていますが、この試合で世界戦でのKO記録はストップし、一部では「衰えが見え始めた」とも指摘されるようになります。

フィジカル面で目に見える衰えこそないものの、年齢も35才を迎えてベテラン選手の域に入っており、苦戦を強いられれば必然的に衰えを指摘される状況となっています。

またこの試合はアメリカで2度目のPPV中継がされており、PPV販売数は17万件という数字に。着実に人気を獲得し、数少ないPPV販売が見込める選手ではあるものの、トップスター選手と言えるほどの商業力は身についてはいないことが分かります

待ち望んだカネロとの一戦が実現

現在のボクシングにおけるトップスターと言えば、何と言ってもカネロの愛称で親しまれるサウル・アルバレスでしょう。

A post shared by Saul Alvarez (@canelo) on

名実ともにスーパースターとして君臨してきたメイウェザーが引退、パッキャオもまた一線を退きつつあり、カネロこそ次代を担うスーパースター候補の筆頭として注目を浴びています。

10代の頃からスーパーホープとして売り出されており、ヒスパニック系の住民を中心に北米で圧倒的な支持を集め、今年5月にのチャベス・ジュニア戦ではメキシコ人対決にも関わらず、PPV販売数が100万件を突破しています。

上昇志向の強いゴロフキンにとって、中量級戦線で光り輝くカネロとの対戦はキャリアを一気に押し進めるビッグマッチとして以前から熱望してきました。

昨年にはケル・ブルックがゴロフキンに合わせて階級を超えた戦いを行いましたが、ゴロフキンもまた名声を高めるために自ら階級を超えて、ライトヘビー級のアンドレ・ウォードとのビッグマッチも浮上したこともありました。

カネロとの対戦は、カネロがスーパーウェルター級と一つ下の階級であったこと、そして何より勝負論としてもゴロフキン優位が揺らがないと見られていましたが、カネロは前戦でミドル級のリミットよりも重い164.5ポンドでチャベス・ジュニアを圧倒して勝利。ミドル級でも問題なく戦えることをビッグマッチにおいて堂々と証明しています。

そして勝利後にゴロフキンに対戦を呼びかけると、ゴロフキンがリングに上がって主催者から対戦が発表。シチュエーション的にも、お互いのキャリアにとってもこの上ない形で対戦が実現しています。

ミドル級の歴史に名を残せるか

ゴロフキンはセルヒオ・マルチネス後のミドル級において絶対的な地位を築いており、ボクシングファンなら誰もが知る存在となっています。しかし競技の垣根を超えて、新興格闘技のファンにも知られているかと言われればまだそこまでの知名度を得るには至っていません。

またこれまでケル・ブルック戦をはじめ、ビッグマッチと言われる試合をクリアーしてきたものの、カネロ戦はそれとは比にならないほどの注目度を集める試合となり、この試合で敗れれば地道に積み重ねてきたチャレンジも水泡に帰すことにもなりかねません。

ローマン・ゴンサレスとはHBOでダブルメーンとしてキャリアを共にしてきましたが、ロマゴンは先日喫した衝撃的なKO負けによって引退を示唆するまでになっています。

ゴロフキンもまたロマゴンと同じくスター街道ではないものの、強さによって地道に人気を獲得し、自身の階級に日の目を向けさせたこと。そして35才となり、苦戦すれば衰えの二文字が指摘されるようになるのはロマゴンと重なるところがあります。

果たしてゴロフキンはカネロを乗り越え、正真正銘のスター選手としてミドル級の歴史に名を残せるのか、それともカネロが名実ともにスーパースターとして君臨するための踏み台にされてしまうのか。

いよいよ9月17日に運命の一戦のゴングが打ち鳴らされます。

クイール編集部 ◯文 text by Queel
Queel icon
クイール編集部
格闘技メディア

格闘技メディア「クイール」編集部

クイールをフォローして
最新情報をチェック!
最新の格闘技ニュースをお届けします
関連する記事