2017年10月12日作成

異次元のスピードとテクニックを持つ”Hi-Tech”ワシル・ロマチェンコのキャリアを紹介。12月にはリゴンドーとの頂上決戦を控える。

2大会連続でオリンピック金メダルを獲得。アマチュアで396勝1敗という驚異の戦績を残し、プロに転向後は僅か7戦で世界2階級制覇を達成した異次元の天才ボクサー。ワシル・ロマチェンコのキャリアと人物像を紹介します。

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KuRaGderivative work: Ahonc [CC BY-SA 3.0], via Wikimedia Commons

”Hi-Tech”ワシル・ロマチェンコを紹介

12月9日に行われるワシル・ロマチェンコvsギジェルモ・リゴンドーによるWBO世界スーパーフェザー級タイトルマッチ。

異次元のスピードとテクニックを持つ両者は、共にパウンド・フォー・パウンドでも上位にランクされており、この試合は軽量級最強ボクサーを決める試合とも言われています。

この大一番を戦う、ワシル・ロマチェンコはアマチュアボクシングで396勝1敗という驚異の戦績を残しつつ、五輪と世界選手権を共に2連覇。プロ転向後も僅か7戦で世界2階級制覇を達成しています。

その芸術的であり精密機械のようなスタイルから”Hi-Tech”というニックネームで呼ばれるロマチェンコとは一体どの様な人物なのか。

12月の試合をより楽しんで貰うべく、そのキャリアと人物像をたっぷりと紹介します。

圧倒的な実績で五輪2連覇を成し遂げたアマボクの怪物

ロマチェンコがボクシングを始めたのは物心がつく前のまだ赤ちゃん歩きだったころ。

ボクシングのトレーナーをしていた父親と体操選手だった母親の間に生を受けたロマチェンコは、本人も記憶にないころからボクシンググローブを腕にはめていたと語っています。

アイスホッケーを見るのが好きで、父親がボクシングのトレーナーでなければアイスホッケーの選手になっていたと語るロマチェンコは、父親の指導の下6歳の頃にはアマチュアの試合に出場するようになります。

トレーナーを務める父親の英才教育と、体操選手だった母親の運動神経を受け継いだロマチェンコは、母国であるウクライナ国内の年代別選手権で圧倒的な力の差を見せタイトルを総なめ。10代にして国内選手権でも優勝を飾ります。

世界選手権の決勝で初めての敗戦

国内で敵なしとなったロマチェンコは19歳の頃にアマチュアボクシングの世界選手権に出場します。

戦う舞台を世界に移しても変わらぬ強さを見せたロマチェンコは決勝まで難なく勝ち上がります。しかし世界の壁は厚く、初参戦で金メダルを狙った決勝ではアルバート・セリモフにアマチュアボクシングで初めての敗北を喫します。

19歳にして世界選手権で銀メダル獲得は快挙ともいえる立派なものですが、ロマチェンコは負けた悔しさからかリング上で大号泣。勝利したセリモフもロマチェンコの想定外のリアクションに困った表情を見せるという場面がありました。これは人一倍負けず嫌いなロマチェンコを象徴するエピソードのひとつとなっています。

ちなみにこのセリモフはロシアの国内選手権で4度の優勝を飾り、さらにヨーロッパ選手権で2度の優勝を飾っているアマチュアのスーパーエリートとも言える強豪選手です。ロマチェンコにとってはキャリア初の挫折を味わわされたセリモフとは後に再戦を行いますが、そちらも後ほど紹介します。

初の敗戦を乗り越えて五輪二連覇

2007年の世界選手権で準優勝を飾ったロマチェンコは翌年の北京五輪にフェザー級の優勝候補の一角として出場します。

初めての敗戦をバネにじっくりとトレーニングを積んできたロマチェンコは、危なげない勝利を続け決勝に進出すると、序盤から相手を攻め立て1Rレフェリーストップで圧勝。五輪初出場で金メダル獲得するという快挙を成し遂げます。

ここからロマチェンコのアマチュアでの快進撃は続き、なんと2009年と2011年の世界選手権を連覇してしまいます。

そして2012年には北京五輪から1階級上の階級となるライト級でロンドン五輪に出場します。このロンドン五輪のアマチュアボクシングは金メダル候補が大苦戦を強いられたり、早々に敗退して姿を消すなど波乱の大会となりましたが、ロマチェンコはひとり平坦な道を進むが如く対戦相手をまったく寄せ付けずに金メダルを獲得します。

前回の北京五輪金メダルから世界選手権を二連覇し、ロンドン五輪でも金メダルを獲得と、まさに他の追随を許さない圧倒的な頂点として君臨していました。

WSBでテストマッチを行う

五輪二連覇を達成したロマチェンコはその後、アマチュアボクシング協会(AIBA)主催の「ワールドシリーズボクシング(WSB)」に出場します。

これはAIBAが主催するプロボクシングの大会であり、当時はプロ選手の五輪出場を認めていなかったAIBAがWBCやWBAなどのプロ組織に選手を流出させないために開催した大会であるとも言われています。

この大会のファイトマネーは月収制とされており、成績に応じて得られる額が上昇していくという仕組みでしたが、イベント自体の注目度は高くはなく、プロの世界戦のように多額のファイトマネーを稼げる舞台ではありませんでした。

そんなWSBに出場したロマチェンコは、WBAやWBCが行うプロボクシングに極めて近いルールで行われる試合でも変わらぬ強さを発揮し、6戦6勝という好成績を収めます。

そしてこの舞台でかつて世界選手権の決勝で敗れたセリモフと対戦し、5Rのスプリット判定となる接戦を制しリベンジを達成します。

ここまでのロマチェンコのアマチュア成績は397戦396勝1敗という驚異的なものであり、その1敗を喫したセリモフにもきっちりとリベンジ。まさに完全無欠のアマチュア最強ボクサーという実績を残しました。

男はボクシング、女は体操というスポーツファミリー

少しキャリアの話からは離れますが、ここでロマチェンコという人物を知るための豆知識を紹介します。

まずロマチェンコの母親が元体操選手でありトレーナーを務めていると紹介しましたが、実はロマチェンコの姉も体操選手であり、さらに嫁も体操選手というスポーツ一家という一面も持っています。ロマチェンコがどのような経緯で結婚したのかは定かではありませんが、嫁も体操選手ということは母、もしくは姉の紹介で知り合うことになったのかもしれません。

ボクサーと体操選手という組み合わせは奇しくもロマチェンコ自身の両親と同じ組み合わせであり、すでに誕生しているロマチェンコの息子も両親と同じ道を歩むのかも気になるところとなっています。

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